「アレクサンダー・デュシュク長老」『リアホナ』2023年11月号
アレクサンダー・デュシュク長老
中央幹部七十人
アレクサンダー・デュシュク長老の両親は,1964年にニューヨーク市で開催された万国博覧会を訪れた後,アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンで教会に入りました。父親は教会主催のパビリオンで福音について学んだことに霊的な感動を覚え,宣教師を招いて,自分と,もうすぐ妻になる女性に福音を教えてくれないかと頼んだのです。
デュシュク長老が生まれたときに両親は教会に入ったばかりでしたが,デュシュク長老は自分は伝道に出るものだとずっと思っていたそうです。
1986年から1988年までポルトガル・リスボン伝道部で奉仕したデュシュク長老は,「伝道に出て初めて,伝道活動の栄光と,それにどれほど力があるのかがほんとうに理解できるようになりました」と言っています。「わたしの目が完全に開かれて,神の王国とその意味を理解できるようになったのです。」
デュシュク長老は,教会員は世界に影響を与える大きな可能性を秘めていると信じています。
「教会員の数は,少ないかもしれませんが,十分意味のある力強い数です。わたしたちはキリストと手を携えて,一緒に歩きます。そして,互いに手を携えて歩みます。わたしたち自身が主の手となり,主の声となって,人々を高め,強めるのです。」
アレクサンダー・デュシュクは1966年11月17日,アメリカ合衆国カリフォルニア州フェアフィールドでニコラス・デュシュクとドナ・リー・デュシュク夫妻のもとに生まれました。デュシュク長老は1988年にジェニファー・バーナム姉妹とソルトレーク神殿で結婚し,現在8人の子供と9人の孫がいます。
デュシュク長老は,1990年にブリガム・ヤング大学で経済学の学士号を取得しました。1993年にはBYUのJ・ルーベン・クラーク法科大学院で法学博士号を取得しています。公益法律事務所で働き,第7巡回控訴裁判所の書記を務めた後,ソルトレーク・シティーのカートン・マッコンキー法律事務所で,合衆国の憲法修正第一条と信教の自由に特化した仕事に従事しました。
デュシュク長老は,この召しを受けた当時,ステーク会長を務めていました。また,これまでビショップ,高等評議員,ビショップリック顧問,長老定員会会長としても奉仕してきています。