第120課
3ニーファイ11:1-17
はじめに
救い主の死のしるしであった破壊と3日間の
教えるための提案
3ニーファイ11:1-7
ニーファイ人,御子の訪れを宣言される御父の声を聞く
生徒がクラスに入って来るとき,神聖な音楽や総大会の音声を,わずかに聞き取れる程度の音量で静かに流す。開会の祈りとディボーショナルの時間にそれを止める。祈りの後,その音が聞こえたかどうか生徒に尋ねる。(この活動を行う機器などがなければ,生徒たちが部屋に入ってくるときに,一人の生徒に3ニーファイ11章を静かな声で読んでもらう。その場合は,読んでもらう生徒が早く部屋に来るように,事前に割り当てを与えておく。)
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静かな声を聞いて理解するためには,どうしなければなりませんか。
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今日 部屋に入るときに流れていた歌(または,総大会の説教,あるいは聖句)のメッセージは何でしたか。 -
部屋に入って来たときにその言葉を聞いて理解することは,簡単でしたか,それとも難しかったですか。それはなぜですか。
一人の生徒に3ニーファイ11:1-3を読んでもらう。クラスの生徒に,聖句を目で追いながら,ニーファイ人にとって理解するのが難しかったことを探してもらう。
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3ニーファイ11:3に述べられているのはどのような声でしたか。(生徒に,各自で聖典のその声の説明にしるしをつけるように勧めるとよい。)
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その声は,それを聞いた人々にどのような影響を与えましたか。
生徒に,3ニーファイ11:4-7を黙読し,ニーファイ人は3度目にその声を聞いたときにそれを理解することができたが,それは以前と何が違っていたからであったかを探してもらう。
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ニーファイ人は3度目にその声を聞いたとき,以前とは違うどのようなことをしましたか。
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3ニーファイ11:7によれば,民が聞いたのはどなたの声でしたか。(彼らが聞いたのは,御子イエス・キリストを紹介された天の御父の
御 声 であった。)
生徒に,ヒラマン5:30を読んで,主の声についてのもう一つの説明を探してもらうとよい。
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ニーファイ人が聞いた声は人が聖霊から受ける促しにどのように似ていましたか。(生徒は様々な答えを言うかもしれないが,次の真理が挙がるようにする。「聖霊はしばしば人の気持ちを通じて人に語りかけられる。」)
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聖霊を通して主から受ける霊感に注意を払うことが重要なのは,なぜでしょうか。
生徒に,思いや心の中に聖霊から霊感が与えられるのを感じたときの経験を話してもらう。どのように感じたかについて話すように言う。あなた自身の経験も話すとよい。
一人の生徒に,聖霊を通して主の御声を聞いて理解するために人が行う必要のあることについて,十二使徒定員会のボイド・K・パッカー会長が述べた次の言葉を読んでもらう。
「
時には,御霊はわたしたちが注意を払うように強く,あるいはしばしば訴えることがあります。しかし,わたしの経験から,ほとんどの場合,わたしたちがその穏やかな感覚に注意を払わなければ,わたしたちがそれらの気持ちに耳を傾けなければ,御霊は離れ去ります。そして,わたしたちの方法で,わたしたちの表現で,求め,耳を傾けるようになるまで,御霊は待ちます。」(“How Does the Spirit Speak to Us?” New Era, 2010年2月号,3)
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3ニーファイ11:1-7から,またパッカー会長の言葉から,どのような原則を学べるでしょうか。(生徒は様々な答えを言うかもしれないが,次の真理が挙がるようにする。「聖霊を通して主の御声を聴く方法を学ぶとき,主が与えてくださるメッセージを理解することができる。」
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聖霊のささやきを聞いて理解できるようにあなたの思いと心を備えるために,どのようなことが助けになるでしょうか。
3ニーファイ11:8-17
イエス・キリスト,ニーファイ人に御姿を現し,御自分の手足と脇の傷跡に触れるように一人ずつ招かれる
一人の生徒に3ニーファイ11:8-10を読んでもらう。クラスの生徒に,聖句を目で追いながら,当時のニーファイ人の中に自分がいると想像してもらう。「西半球で福音をお教えになるイエス」(『福音の視覚資料集』82番)の絵を見せて,次の質問をする。
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救い主がニーファイ人のもとを訪れられたときにあなたがその場にいたとしたら,どのように考え,どのように感じたと思いますか。
救い主が御姿を現される前にニーファイ人が経験した暗闇と破壊について,生徒に思い起こしてもらう。その後,一人の生徒に,十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド長老が救い主がニーファイ人を訪れられたことの重要性について述べた次の言葉を読んでもらう。
「これはモルモン書全体の歴史の中で焦点となるところであり,至高の瞬間でした。それは,それまでの600年間,ニーファイ人のあらゆる預言者を活気づけ,鼓舞し続けてきた,神の定められた出来事でした。それ以前の数千年間,イスラエル人とヤレド人の先祖もこのことによって精神を高揚させてきたことは言うまでもありません。
あらゆる人がこの御方について語り,歌い,夢を描き,来臨を祈ってきました。そして今,ここにその御方がおいでになったのです。それは至高の日でした。すべての闇夜を朝の光へと変える神がおいでになりました。」(Christ and the New Covenant: The Messianic Message of the Book of Mormon〔1997年〕250-251)
次のことを説明する。レッスンの次の部分では,救い主が生徒一人一人を訪れてくださることについて考える。クラスが始まる前に,次の指示と質問を,生徒への配付物として準備しておく(あるいは,ホワイトボードまたはポスターに書いておく)。生徒に十分に時間を与えて,3ニーファイ11:11-17を読み,配付物の指示に従ってもらう。これらの節を研究するときにその意味を注意深く考えるように勧める。
生徒が十分に時間を取ってこの活動を行った後,一人の生徒に3ニーファイ11:16-17を読んでもらう。クラスの生徒に,聖句を目で追いながら,民が救い主との個人的な経験を得た後で行ったことを探してもらう。「ホサナ」は「今,お救いください」「どうぞ,わたしたちをお救いください」という意味のヘブライ語であり,賛美と嘆願の叫びとして聖文の中で用いられていることを説明するとよい(聖句ガイド「ホサナ」の項参照。Scriptures.lds.org参照)
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民が救い主との経験の後で「ホサナ」と叫んだのは,なぜだと思いますか。
生徒に,3ニーファイ11:15をもっとよく調べ,民が救い主の傷の跡を目で見,手で触れた後で行ったことを見つけてもらう。(民はその御方がイエス・キリストであられることを証した。)
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わたしたちは,救い主が生きておられることを知るために救い主を目で見,手で触れる必要があるでしょうか(モロナイ10:5参照)。わたしたちはイエス・キリストについて何を「証」できるでしょうか。
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わたしたちは3ニーファイ11:15を自分自身にどのように当てはめることができるでしょうか。わたしたち一人一人はイエス・キリストについての証を得た後,何をしなければなりませんか。(イエス・キリストについて個人的な証を得るとき,イエス・キリストについて証する責任がある。)
最後に,イエス・キリストの証をほかの人々と分かち合ったときのことについて生徒に話してもらう。時間が許す場合,希望するすべての人に,救い主についての証を簡潔に述べてもらい,その証を得るために何を行ってきたかを話してもらう。時間が許せば,生徒に,今日の3ニーファイ11章の研究で書き留めたこと,あるいは感じたことの一部を話してもらうとよい。