2024年 ディボーショナル
「現在のことをありのままに」2.0


35:48

「現在のことをありのままに」2.0

ヤングアダルトのためのワールドワイド・ディボーショナル

2024年11月3日日曜日

皆さんとともに礼拝し,学ぶこの機会に,妻とともに感謝しています。皆さんを愛しています。世界中のどこにいようと,あなたを愛しています!

わたしたちが聞く必要のあることを聞き,見る必要のあることを見ることができるよう,聖霊が祝福してくださり,救い主を信じる信仰と,主に従い,主に仕えたいというさらなる望みをもって前進できるよう,心から祈ります。

時満ちる神権時代

わたしたちは恵まれて,最後の福音の神権時代,つまり時満ちる神権時代に生きています。その中でも,特に注目を集める時期にです。聖典と預言者の言葉は,わたしたちが生きている,実に際立った時代について学び,さらに十分に賞賛する助けとなります。

預言者ジョセフ・スミスはこう宣言しています。「シオンを築き上げることは,あらゆる時代の神の民が関心を寄せてきた大義であり,預言者たち,祭司たち,王たちが,特別な喜びをもって語ってきたテーマです。彼らはわたしたちが生きている時代を,喜びに満ちた期待をもって待ち望み,すばらしい喜びに満ちた期待に胸を高鳴らせながら,このわたしたちの時代について歌い,書き記し,預言しました。しかし彼らはわたしたちの時代の出来事を見ることなく世を去って行きました。わたしたちは……末日の栄光を見て,それに加わり,その前進に貢献するという務めを任されているのです。」

別の時に,預言者は次のように明らかにしています。「これらの偉大な目的を達するために,天の神権者たちと地上の神権者たちは一つになるでしょう……神と天使たちが幾多の世代にわたって喜びを込めて思いをはせてきた業,昔の族長たちや預言者たちの心を燃え立たせた業,暗闇の力を滅ぼし,地球を更新し,神の栄光と人類家族の救いを回復する業です。」

末日の霊的な重要性は,何世紀にもわたって預言者が注意を向けてきた事柄です。そして,わたしたちが生きている特別な時代は,現在,驚くべき霊的な進歩と出来事に満ちており,今後もそうでしょう。

この特別な時代の世界においてテクノロジーが果たす役割

今日わたしたちが享受できる完全さの重要な側面は,神の救いと昇栄の業を可能にし,加速させてきた技術革新と発明の奇跡的な進歩です。列車から電報,ラジオ,自動車,飛行機,電話,トランジスター,テレビ,コンピューター,衛星通信,インターネット,人工知能に至るまで,わたしたちの生活に祝福をもたらすテクノロジーやツールのリストはほとんど尽きません。これらの進歩は皆,末日において主の業を速める働きの一環なのです。

1862年にブリガム ・ヤングは次のように宣言しました。「科学や芸術のすべての発見は確かに真理であり,人類にとって有益なものですが,これは神からの直接の啓示により与えられたものです。しかし,それを認識している人はほとんどいません。それらは,究極の真理が勝利を収め,地球が罪とサタンの力から贖われるための道を備えるという観点から与えられたものなのです。わたしたちは,そのようなすばらしい発見,すなわち長年蓄積されてきた知恵……をすべて活用するべきであり,また,わたしたちの子供たちがさらに前進し,偉大な業において自分たちの役割をよりよく果たすことができるように,全分野にわたって,彼らに有益な知識を与えるべきです。」

1966年にデビッド・O・マッケイ大管長は,「人々の想像力を掻き立てる」ような科学上の発見によって,あらゆる部族,国語,民族に福音の伝道が可能になるであろうと預言しました。さらにこう述べています。「そのような強大な力を秘めた数々の発見は,人類にとって祝福とも滅亡の原因ともなります。人には,そうした力をコントロールするという,かつて人類に委ねられた中で最も重大な責任が課せられているのです。この時代は計り知れない可能性と同時に無限の危険性にも満ちています。」

現在のことをありのままに

15年前,ヤングアダルトのためのワールドワイド・ディボーショナルで,わたしは天の御父がその子供たちのために立てられた偉大な幸福の計画について話しました。わたしは,御父の計画におけるわたしたちの肉体の重要性と,わたしたちが肉体を過小評価し,誤った使い方をするよう誘うルシフェルの企みについて強調し,デジタルテクノロジーがわたしたちの魂や人間関係に及ぼしかねない有害な影響について警告の声を上げました。

また,デジタル革新も急激な変化も,それ自体は善でも悪でもない,と強調しました。むしろ実際に問題になるのは,永遠の幸福の計画という文脈に照らして技術革新と変化を理解することだと警告しました。加えて,これらのテクノロジーを正しく使用することについて,「個人の思慮や学習の中で考えるための2つの質問」を問いかけました。

  1. 「様々な科学技術やメディアを活用することによって,生活で聖霊を常に伴侶とすることを促しているでしょうか,それとも妨げているでしょうか。」

  2. 「様々な科学技術やメディアを活用することに費やした時間は,生きる力や愛する力,有意義な奉仕を行う力を高めているでしょうか,それとも制限しているでしょうか。」

2009年のこの話のタイトルは「現在のことをありのままに」でした。

本日の話のタイトルは「現在のことをありのままに バージョン2.0」です。

賢くあってください

これからお話しすることは,今年の1月にブリガム・ヤング大学のディボーショナルで行った説教の最後の部分が基になっています。

「イエス・キリストの福音を学び,行うべき業を行おうと努めるときに,どうぞ現代のテクノロジーツールを賢明に用いてください人工知能のような先進技術は,(1)大きな祝福を受ける助けとなることもあれば,(2)道徳的選択の自由を制限し,損なうこともあります。必要な祝福を生活に招き入れる義にかなった労働を避けたくなるという,現代のテクノロジーがもっているとされる正確さや速度,容易さによる誘惑に負けないでください。わたしの愛する兄弟姉妹,霊的な近道や応急処置はありません。」

前回の話で強調した三つのテーマに焦点を当ててお話したいと思います。人口知能,道徳的な選択の自由,義にかなった労働についてです。

人工知能

しばしばAIと呼ばれる人工知能は,コンピューターや機械が人間の知能や問題解決能力を真似することを可能にする技術です。近年,AI技術の発達と応用は非常に速いスピードで進み,ほぼすべての人間の取り組みの分野に影響を与えています。医学,科学,教育,建築と建設,通信,経済,小売り,製造などです。AIの使用がかつてなく広まるにつれ,マッケイ大管長によって預言された限りない危険と多くの可能性がこれまで以上に明らかになってきています。

この並外れた技術は,知識を向上させ,生活の質を高め,コミュニケーションと人の結びつきを促進し,個人の学びと成長を促し,創造力と革新を培う可能性を与えます。

同時にAIは,愛に満ちた天の御父の息子,娘というわたしたちの本質を見えにくくしたり,霊的な成長に必要な永遠の真理や義にかなった労働からわたしたちの気をそらしたり,高慢を生み,自分が神に依存しているという認識を薄め,有意義な人間同士交わりをゆがめたり,それに取って代わったりしてしまう可能性も秘めています。

「人は学識があると自分は賢いと思い,神の勧告に聞き従わない。 そして自分独りで分かると思って神の勧告を無視するので,彼らの知恵は愚かであって役に立たない。そして彼らは滅びるのである。

しかし,神の勧告に聞き従うならば,学識のあるのはよいことである。」

起こりうる次のような危険性について考えてみてください。AIにより開発されたガールフレンドやボーイフレンドのようなパートナーは,「興味をそそる,中毒性の経験〔を提供するよう〕慎重に設計されており,広範な情緒的,社会的な必要に訴えてくる」かもしれません。

「このようなパーソナル化により,結びつきや理解の感覚が生じ,バーチャルのパートナーとのやりとりは非常に魅力的なものとなります。年中無休で利用でき,本来の人間関係につきもののわずらわしさがないことで,魅力はさらに高まります。大切な日付を覚えておくことから,一貫して思いやりのある受け答えをすることに至るまで,このようなAIパートナーは,理想的なパートナーの役割を果たして,とりわけ中毒性を発揮し」,人間関係において「現在のことをありのままに」感じ取ったことをゆがめるようプログラムされているのです。

さらに,人の情緒的な必要に訴え,その必要に応じて進化するよう意図的に設計されたバーチャルのパートナーは,それまで安全であった関係を損なう可能性もあります。一酸化炭素のように,そのようなバーチャルの関係は,実際の人間関係に対する「サイレントキラー」になるかもしれないのです。偽りの情緒的な親密さが,二人を結ぶうえで大切な実在の情緒的な親密さに取って代わるかもしれません。バーチャルのパートナーに慰めや安心感を感じるあまり,夫婦間の相互依存関係を損なってしまうかもしれません。また,バーチャルのパートナーは「実在」せず,他人ではないので,専ら伴侶に献身するという約束に反していることに気づかずに,この罠に陥ってしまう人もいるかもしれません。

AIは単なる数学アルゴリズムだということを心に留めておいてください。AIはあなたを好きにはなりません。AIはあなたのことを気にかけてはくれません。あなたが存在するかどうかも知りません。繰り返しますが,AIは,あなたを,作用される物として扱うように設計された,一連のコンピューターの数式です。この技術に誘いに乗って,そのような作用される物にはならないでください。

これは,AIが生む可能性のある危険のほんの一例にすぎません。

人工知能そのものが悪いと言いたいのではありません。AIは悪くありません。また,AIを適切に用いて,学び,コミュニケーションを取り,生活を高め,明るくし,教会を築き,強めるべきではないと言っているのでもありません。むしろ,そうするべきです。AIを恐れたり,AIから隠れようとしたりするべきではありませんが,この驚くべきテクノロジーの危険性を認識し,その危険から身を守る場合に限り,その義にかなった可能性は実現するのです。

霊性とテクノロジーとの複雑な交わりに上手に対処するため,末日聖徒は謙遜に,よく祈りながら,(1) 人工知能の使い方の指針となる福音の原則を見つけ, (2)聖霊を伴侶とし,啓示という霊的な賜物に預かることができるよう,懸命に努力するべきです。

教会が作成し,今年の初めに配布したAIの使用の指針となる原則を読み返し,研究するようお勧めします。これらの原則は,教会の人工知能の使用方針を知らせ,皆さんが不適切なテクノロジーの使用という危険から自分を守る予防策を講じる頑丈な土台となります。

末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長としての最初の総大会説教の中で,ラッセル・M・ネルソン大管長は,生活において個人的な啓示を受けることの重要性を強調しました。「救い主,贖い主イエス・キリストは,今から再びおいでになる時までの間に,最も力強い業を幾つかなされるでしょう。わたしたちは,父なる神と御子イエス・キリストが尊厳と栄光のうちにこの教会を管理されることを示す奇跡的なしるしを見るでしょう。しかし,導き,指示し,慰める,変わることのない聖霊の影響力がなければ,これから先,霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。」

今晩,わたしたちは,デビッド・O・マッケイ大管長とラッセル・M・ネルソン大管長からの警告に感謝します。わたしたちに預言者を与えてくださる神に感謝をささげます。

道徳的な選択の自由

先ほど,人工知能には,わたしたちの道徳的な選択の自由を制限し,損なうことがある,と申し上げました。それはどういう意味でしょうか。また,どのようにしてそのような結果に至るのでしょうか。

御父の偉大な幸福の計画の重要な目的は,霊の子供たちに肉体を得る機会を与えることや,現世での経験を通して「善悪を」知ること,霊的に成長すること,永遠に進歩することです。そして,道徳的な選択の自由は,神の息子および娘たちに不死不滅と永遠の命をもたらす神の計画の中心的な要素です。

道徳的な選択の自由,すなわち「道徳的な行為者性」という言葉は示唆に富んでいます。道徳的という言葉の類似語には,「善良な」「誠実な」「高潔な」「立派な」などがあります。行為者性という言葉の類似語には,「行動」「活動」「労働」などの言葉があります。従って,「道徳的な選択の自由」とは,善良に,誠実に,高潔に,立派に,自分で選択して行動する能力と特権だと理解することができます。

神の創造物には,「作用するもの〔と〕作用されるもの」の両方が含まれています。そして大切なことは,道徳的な選択の自由は,神の子供であるわたしたちが単に作用される物でなくて作用する者となる力を与えてくれる,「それぞれの行動の原動力」として神が造られたことです。

主はエノクに,この教義について教えられました。

「これらあなたの兄弟たちを見なさい。彼らはわたし自身の手で造られたものである。わたしは彼らを創造した日に,彼らに知識を与えた。また,エデンの園で人に選択の自由を与えた。

わたしはあなたの兄弟たちに語って,互いに愛し合うように,また父であるわたしを選ぶようにという戒めも与えた。」

選択の自由を行使することの根本的な目的は,互いに愛し合い,神を選ぶことにあるというのを覚えておきましょう。わたしたちは,選択の自由を外側に向けるよう,また選択の自由を使って愛し合い,神を選ぶよう命じられているのであって,単に勧告されたり,促されたり,助言されたりしているのではない点について考えてください。

馴染みのある賛美歌に「選べ,正義を」という曲名がつけられたのには,理由があります。わたしたちに道徳的な選択の自由を与えられたのは,自分の好きなときに好きなことを行うためではありません。むしろ,御父のご計画によると,わたしたちが道徳的な選択の自由を与えられたのは,永遠の真理を求め,それに従って行動するためです。「自ら選択し行動する者」 であるわたしたちは,熱心に善いことに携わり,「多くのことをその自由意志によって行い,義にかなう多くのことを成し遂げなければならない」のです。

道徳的な選択の自由の重要性は,前世における会議についての聖文の話の中で強調されています。ルシフェルは御父の計画に逆らいました。その反抗がとりわけ重大だったのは,それが道徳的な選択の自由の原則に直接向けられたものだったためです。

「あのサタンはわたしに背いて……人の選択の自由を損なおうとしたので……彼を投げ落とさせた。」

サタンの利己的な悪巧みは,義にかなった行動のできる,「自ら選択し行動する者」になるという神からの賜物を,神の息子,娘から奪おうとすることでした。サタンは,すべての天の御父の子供たちを,単に作用されるだけの物にしようとしたのです。

地球は,天の御父の子供たちが,「何であろうと,主なる彼らの神が命じられるすべてのことを彼らがなすかどうか」を証明できる場所として創造されました。創造の目的と,わたしたちが現世にいる目的は,皆さんやわたしが,主がわたしたちを招いておられるような人物になる選択と行動をするかどうかを見るためです。ネルソン大管長はこう宣言しました。「天の父なる神は,皆さんが御父のもとに帰ることを選ぶよう願っておられます。御父の永遠の成長の計画は複雑なものでなく,皆さんの選択の自由を尊重しています。」

わたしたちが望み,切に願うのは,天の御父とその愛子,主イエス・キリストのみもとで家族とともに日の栄えの影響を受けることです。この理由を始めとする多くの理由のために,ネルソン大管長は「日の栄えの考えを抱く」よう招いています。

気を付けましょう。人工知能を特徴づける,使い勝手の良さや,認識されている正確性,回答を得るまでの速さは,道徳的な選択の自由を行使する際に,魅力的で,中毒性があり,徐々に選択の自由を損なう可能性をもった影響力となります。AIは科学的進歩という信頼性と保証の下に隠れているため,わたしたちは世間知らずにも,貴い道徳的な選択の自由を,「星の栄えの考え」しか抱くことのできないテクノロジーに委ねてしまうという誘惑にかられることがあるかもしれません。そうすることにより,わたしたちは徐々に,作用する者から,作用されるしかない物へと変わってしまうかもしれないのです。そして,ルシフェルが前世で達成できなかったことを現世で成し遂げるのを,無意識のうちに助長してしまうことがあるかもしれません。

真理とは,現在あるとおりの,物事についての知識です。人工知能は,生活における聖霊の影響力を真似たり,模倣したり,それに取って代わったりすることはできません。AI技術がやがてどれほど洗練され,高度なものとなったとしても,御父と御子についての証を述べることはどうしてもできませんし,あらゆる真理を明らかにし,悔い改めてバプテスマを受けた人を聖めることもできません。

真理とは,現在あるとおりの,物事についての知識です。わたしたちが賢明であり,神を愛し,兄弟姉妹に仕えるために道徳的な選択の自由を保ち,行使し,そして聖なる御霊を導き手とするときに,欺きを遠ざけ,わたしたちの生きている,課題と祝福の多いこの時代において霊的に繁栄することができます。

義にかなった労働

天の御父の幸福の計画を理解すると,義にかなった労働が霊的な進歩に欠かせないことに気付きます。

神の息子,娘である「〔わたしたち〕は皆,神の属性と神聖な行く末とを受け継いで」おり,神から霊的な能力も受け継いでいます。創造主であられる天の御父と御子は,御二方の創造の力の一部を現世でわたしたちに委ねられました。とりわけ,働き,創造する能力は霊的に重要です。なぜなら,それは御父のご計画の要であり,わたしたちが神より授かった可能性の究極の表れの一つを成すからです。

トーマス・S・モンソン大管長はこう説明しています。「神が〔人〕に与えてくださったのは未完成の世界でした。それは〔人〕が自分たちのさまざまな技術を用いて物事を成し遂げていくようにするためです。神は雲の中に電気を,また地中に石油を備えてくださいました。しかし,御自分から,川に橋をかけたり,森の木を切り出したり,町を築いたりはされませんでした。神がわたしたちに与えられたのは,元になる材料を用いて努力する機会であり,完成品がもたらす安楽さではありません。神はわたしたちに,絵を描き,歌を歌い,問題を解決するように求めておられ,それによってわたしたちは,創造の喜びとすばらしさを知ることができるのです。」

道徳的な選択の自由と,作用する者となること,そして義にかなった労働は,きわめて強力に互いにかかわり合い,結びついています。例えば,Lectures on Faith(「信仰に関する講話」)で定められている,イエス・キリストを信じる信仰の定義について考えてみましょう。

「〔キリストを信じる〕信仰は,啓示された宗教の第一の原則であり,……すべての義の基であり,……あらゆる知性ある存在にとって行動の原動力である。」

キリストを信じる信仰という霊的な賜物には,主に従い,行動して,主の教えに従って生活し,主の戒めを守り,聖約を通して主と固くつながり,主の約束を信頼し,人生における主の御心と時を従順に受け入れるといった,道徳的な選択の自由を行使することが必要となります。贖い主が宣言された教義と正しい原則に従って行動することは不可欠です。なぜなら,「行いを供わない信仰はむなしいもの」だからです。

また,Lectures on Faith(「信仰に関する講話」)から,「信仰は行動の原動力であるだけでなく,天地……にとって,力の源である」ことが分かります。イエス・キリストを信じる信仰は,必ず義にかなった行動につながり,霊的な能力と力を高めてくれます。

従って,キリストの忠実な弟子たちは,熱心に善いことに携わる働き手です。「自らの内に力があり,それによって自ら選択し行動する者」だからです。献身的な弟子たちは一貫して意識的に作用する者となり,個人の能力や状況に応じて,生活の物質的な側面でも霊的な側面においても,また人に奉仕する際に,何かを行ったり作り出したりします。

救い主を信じる信仰は行動と力の原則であるという理解は,義にかなった労働という進行中の規範を示唆しています。義にかなった働きは,主を信頼し,主に頼っていることの根本的な表れであり,学びと成長の源です。これらの重要な理由により,労働は霊的な進歩に欠かせないのです。

エズラ・タフト・ベンソン大管長は,こう教えています。「わたしたちの福音は労働の福音です。すなわち目的を持って,無私の心で,真のキリストの愛の精神によって行われる労働です。そのような労働によってのみ,わたしたちは神の属性を身に付けることができます。そのような労働によってのみ,主の御手に使われる者としてふさわしくな〔る〕……ことができます。」

わたしが最も懸念していることの一つは,AI技術に頼りすぎるあまり,霊的に怠惰で浅はかな者となり,義にかなった労働を通して得られる祝福を失ってしまうのではないかということです。

次の日曜日の聖餐会や日曜学校,神権会,扶助協会のレッスンのうち幾つがAIから生成されたものになるのだろうかと考えてしまいます。デジタル機器に一言命じて,数秒,あるいは数分待つと,皆さんが必要としている文章が出てきます。しかしそれはほんとうに皆さんにとって必要なものなのでしょうか。

AIは情報を収集し,考えを批判的に考察し,文体を評価し,「教えに教え,訓戒に訓戒を加えて」学ぶという反復的な過程を速めるのを,適切に補佐することができると確信しています。しかし,創造し,働くという天与の能力は,神の息子,娘であるわたしたちがそれぞれに授かっている能力です。確かに,AIを使って聖餐会のお話のためにすばらしい内容を生成し,作り出せるでしょう。しかし,目的は,単に感動的な内容を作り出したり,話したりすることではなく,むしろ神が意図し,切望しておられるような人になるために働くことです。

わたし自身は,説教や記事,その他のプロジェクトの内容を生成したり原稿を書いたりするのに,このテクノロジーを使うことはありません。これはわたしの勤勉な取り組み,創造的な労働,そして最も大事な要素,すなわち,聖霊からの霊感を進んで受け入れようとする努力であるべきだからです。

このテクノロジーに自分の文章の批評を任せることはあります。例えば,今お話ししている原稿を書き終えたときに,AIアプリに,末日聖徒イエス・キリスト教会の会員である世界中のヤングアダルト向けのこの話を分析し,論調を述べるよう依頼しました。これがそのときの回答です。

「この話の論調は厳かで教訓的です。著者は参照聖句や個人的な経験を駆使して,霊的な現実とこの世の幻想とを識別することの重要性について教えています。この説教はまた,希望と励ましを与えるものでもあります。著者はヤングアダルトに,日々の生活の中で啓示を求め,救い主の模範に従うよう勧めています。この説教の目的は,聞き手の信仰を鼓舞し,行動へと駆り立て,サタンの偽りによって欺かれることの危険性について警告することです。」

この批評に基づき,わたしは全体的なメッセージを改善するために,いくつかの変更を加えました。

愛する兄弟姉妹,どうか常に心に留めておいてください。わたしたちは,「創造の喜びとすばらしさを知る」という霊的な生得権を,テクノロジーという「あつもの」と引き換えに売りわたしてはなりません。

「まちがってはいけない,神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを,刈り取ることになる。

すなわち,自分の肉にまく者は,肉から滅びを刈り取り,霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。」

収穫の律法は,昨日も,今日も,永遠に真実です。

絶えず主への改心の度合いを深めていくには,そのことに焦点を絞った,持続的かつ義にかなった労働が必要です。作用する者となって,救い主を信じる信仰を行使し,行動し,単に作用されるだけの物になるのを避けるよう努めなければなりません。

献身的な弟子となるには,そのことに焦点を絞った,持続的かつ義にかなった労働が必要であることを忘れないでください。作用する者となって,救い主を信じる信仰を行使し,行動し,単に作用されるだけの物になるのを避けるよう努めなければなりません。

個人的な啓示を受けるには,そのことに焦点を絞った,持続的かつ義にかなった労働が必要です。作用する者となって,救い主を信じる信仰を行使し,行動し,単に作用されるだけの物になるのを避けるよう努めなければなりません。

御霊の賜物を適切に求めるには,そのことに焦点を絞った,持続的かつ義にかなった労働が必要です。作用する者となって,救い主を信じる信仰を行使し,行動し,単に作用されるだけの物になるのを避けるよう努めなければなりません。

誤解のないように申し上げますが,自分の労働のみにより,あるいはそれのみを通じて,神の祝福を獲得したり,その資格を得たりすることはありません。いつどのように神の深い憐みに預かるかは,神の御心とタイミングによって決まります。しかし,皆さんにもわたしにも,自分で働き,創造し,学ぶという霊的な義務があるのです。

約束と証

2009年にわたしが上げた警告の声は,ひたむきで,はっきりし,差し迫ったものでした。今日お話したテクノロジーの危険性と可能性が見え始めたばかりのころだったためです。その当時はそうでした。

今日わたしが上げた警告の声は,さらにひたむきで,さらに明確に,さらに差し迫ったものでした。今日お話したテクノロジーの危険と可能性が至るところに常に存在しているからです。これが現在です。

聖霊は,真理を証してくださいます。わたしたちには,わたしたちの語る言葉が形においても内容においても,真実で確かなものであることを,聖霊にいつでも証していただけるようにする責任があります。わたしたち一人ひとりへ向けられている約束は,聖霊の力から来る導きと守り,警告により,テクノロジーを適切に使用することを学べるというものです。

「あらゆる思いの中で〔救い主〕を仰ぎ見」て,聖霊を伴侶とできるよう努めるときに,わたしたちは祝福されて主の御霊の柔和な道を歩み,主によって平安を得ることができるよう祝福し,約束します。また,「疑〔わず〕,……恐れ〔ず〕」,「現在あるとおりの」あらゆる真理を識別できるようになります。

天の御父が生きておられ,偉大な幸福の計画を立てられたことを証します。イエス・キリストが御父の愛される独り子であられることを証します。また,主が復活されたことを証します。生きておられます。主はわたしたちの贖い主であり,またわたしたちの救い主でもあられます。また,わたしたちは恵まれて,時満ちる神権時代という並外れた時代に生きていることを証します。これらの真理について,主の聖なる御名により喜びをもって証します。アーメン。