主は生けりと知る
救い主がカルバリで亡くなられたことにより,死はわたしたちを束縛する力を失いました。
最近,家族のアルバムをめくりながら,家族旅行や誕生日,親族の集まりや記念日などに撮った,愛する人たちの写真を見ていると,懐かしい思い出が次々によみがえってきました。それらの愛する家族や親族の中には,写真を撮ってからこれまでの間に,この世を去った人々もいます。主の言葉が心に浮かんできました。「あなたは死ぬ者を失うことで涙を流すほどに……ともに愛をもって生活するようにしなければならない。」1家族の輪から旅立って行った一人一人への思いは,いつまでも消えることがありません。
つらく,困難ではあっても,死はこの世の経験において不可欠です。わたしたちは前世を離れてこの地球に来て,この世での旅を始めます。詩人ワーズワースはこの旅について,霊感に満ちた詩「不死を知る頌しょう」の中でこのように表現しています。
われらの誕生はただ眠りと前世の忘却とに過ぎず。
われらとともに昇りし魂,生命の星は,
かつて何ど処こかに沈みて,
遥はるかより来たれり。
過ぎ去りし昔を忘れしにはあらず,
また赤裸にて来りしにもあらず
栄光の雲を曳ひきつつ,
われらの故郷なる神のもとより来りぬ。
われらの幼いとけなきとき,天国はわれらのめぐりにありき。2
人生は流れゆき,子供はやがて青年になり,いつの間にか大人に近づいていきます。人生の目的を探し求め,問題について思い巡らすとき,遅かれ早かれ,人生の短さや自分の人生について,また,永遠の命について疑問を抱くようになります。特に,愛する人を亡くしたとき,あるいは自分が愛する人たちを残して世を去ろうとするとき,この疑問が心に迫ってきます。
そんなときに思い巡らすのは,年老いたヨブがいにしえの時代に端的に言い表した普遍の問いかけでしょう。「人がもし死ねば,また生きるでしょうか。」3
今こん日にちも,いつの時代も,懐疑論者は神の言葉に異議を唱えます。ですから,人は皆,だれの言葉に耳を傾けるかを選ばなければなりません。有名な弁護士であり不可知論者であったクラレンス・ダローは,「いずれの人生もさほどの価値はなく,いずれの死もほんの小さな損失でしかない」4と語りました。また,ドイツの哲学者であり悲観論者であったショーペンハウワーは「不死不滅を願うとは,人生という大きな過ちが永遠に続くように願うことだ」5と書いています。今の時代の人々も,キリストを再び十字架につけるような言葉を語っています。主の奇跡を文字どおりにとらえず,主の神性を疑い,主の復活を受け入れません。
ロバート・ブラッチフォードはその著書『神とわたしの隣人』(God and My Neighbor )の中で,神,キリスト,祈り,不死不滅といった,キリスト教徒が信仰する事柄を激しく攻撃しました。大胆にもこのように主張したのです。「わたしは自分が証明を試みた事柄はすべて完全に,はっきりと証明し尽くしてきた。たとえどんなに偉大で能力のあるキリスト教徒であっても,わたしの主張に対抗し,論拠を覆すことはできない。」6彼はいわば,懐疑論という壁で完全防備していました。そんな彼に驚くべきことが起こりました。彼の築いた疑いの壁が粉々に崩れ落ちたのです。彼の確信していた事柄は,人生の試練に遭ったとき何の役にも立たず,彼を守ってはくれませんでした。そのため彼は,あれほど軽けい蔑べつし,あざけっていたはずの信仰に,少しずつ戻って行ったのです。彼をこれほどまでに変えた試練とは何だったのでしょう。それは妻の死でした。打ちひしがれて,亡なき骸がらが置かれた部屋に入った彼は,心から愛した彼女の死に顔を見詰めました。部屋から出て来た彼は,友人にこう語りました。「あれは彼女だが,彼女ではない。何もかも変わってしまった。以前にはそこにあった何かが取り去られ,今は前と同じ彼女ではない。その取り去られた何かが魂というものでなかったとしたら,いったい何だろうか。」
彼は後にこう書いています。「死は一部の人々が想像しているようなものではない。それはあたかも,別の部屋に移動するようなものだ。その部屋に行けば,……愛し,亡くした,いとおしい男女やかわいらしい子供たちに会えるだろう。」7
キリストの神性を疑う今日の人々に対して,論破することのできない証拠,実際にその目で見たという証を引用しましょう。聖書の時代に,残虐な殉教を遂げたステパノは,天を仰いで叫びました。「ああ,天が開けて,人の子が神の右に立っておいでになるのが見える。」8
コリント人びとに告げたパウロの力強い証から,確信を受けない人がいるでしょうか。彼はこう言いました。「キリスト〔は〕,聖書に書いてあるとおり,わたしたちの罪のために死んだ……,そして葬られた……,聖書に書いてあるとおり,三日目によみがえった……,ケパに現れ,次に,十二人に現れた……。……そして最後に……わたしにも,現れたのである。」9
わたしたちの神権時代にも,これと同様の証を預言者ジョセフ・スミスが雄々しく語りました。シドニー・リグドンとともにこう証しています。「そして今,小羊についてなされてきた多くの証の後,わたしたちが最後に小羊についてなす証はこれである。すなわち『小羊は生きておられる。』」10
これこそわたしたちを支える知識です。わたしたちを慰める真理です。そして悲しみに打ちひしがれた人を影から光へと導き出す確信なのです。
1997年のクリスマスイブに,わたしはすばらしい家族と出会いました。全員が真理に対して,また復活が真実であることに対して揺るぎない証を持っていました。両親と子供4人の6人家族でした。しかし,男の子3人,女の子1人の子供たちは4人とも,生まれつき,まれな型の筋ジストロフィー症で,どの子も障害がありました。当時16歳だったマークは,もっと自由に動けるようにと脊せき髄ずい手術を受けていました。二人の弟,13歳のクリストファーと10歳のジェイソンも,同様の手術を受けるために,数日後にカリフォルニアに行くことになっていました。当時5歳だった一人娘のシャナはかわいらしい女の子でした。4人とも賢く,信仰深く,両親のビルとシェリーが,子供たち一人一人を誇りに思っているのが見て取れました。彼らと少し話すうちに,わたしの執務室,そしてわたしの心は,特別な御み霊たまに満たされました。わたしは父親とともに,手術を間近に控えた二人の息子に祝福を施しました。そして両親は幼いシャナに,わたしのために歌うよう頼んでくれました。父親の説明では,シャナの肺活量が少なくなっていて難しいかもしれないとのことでしたが,彼女は歌ってみたいと言ってくれました。テープレコーダーの伴奏に合わせて,美しく澄んだ声で,1音も外すことなく歌ってくれました。それは,明るい未来についてのこんな歌でした。
彼女が歌い終えたときには,全員が感動に包まれていました。彼らと出会ったおかげで,わたしはその年のクリスマスを特別な思いで過ごすことができました。
わたしはその後も彼らと交流を続けました。長男のマークが19歳になったとき,教会本部で,ある特別な任務に就く手配がなされました。やがて,下の二人の弟も,同じ機会に恵まれました。
約1 年前,当時2 2 歳だったクリストファーが,子供たち全員を苦しめてきた病気のために亡くなりました。そして去年の9月,あの幼いシャナが14歳の若さで亡くなったという知らせを受けました。葬儀では,美しい弔辞の数々が彼女に贈られました。残された兄のマークとジェイソンが,説教壇に寄りかかりながら,家族の経験について心打つ話をしました。シャナの母親は美しいデュエット曲を歌いました。シャナの父親と祖父は感動的な話をしました。心は悲しみで張り裂けそうになりながらも,全員が力強い,心の底からわき出る証をしたのです。確かに復活が真実であり,シャナも,兄のクリストファーも今も生きており,再び愛する家族がともに集う栄光に満ちた日を待ち望んでいると証しました。
わたしが話す時間になり,約9年前に家族が執務室を訪ねて来たときにシャナが歌ってくれた美しい歌について触れ,最後に次のように思いを語りました。「救い主がカルバリで亡くなられたことにより,死はわたしたちを束縛する力を失いました。シャナは今,病から解き放たれて元気に生きています。1997年のあの特別なクリスマスイブに,彼女が歌った美しい日,彼女が夢見た美しい日は,願いどおり訪れたのです。」
兄弟姉妹の皆さん,わたしたちは笑い,泣き,働き,遊び,愛し,生きます。そして,死にます。死はすべての人に訪れます。だれもがその門をくぐらなければなりません。死は年老いた者や疲れ果てた者を訪れるだけでなく,希望と期待に満ちあふれた若者をも訪れます。幼おさな子ごも死の手から逃れることはできません。使徒パウロの言葉どおり,「一度だけ死ぬこと……が人間に定まっている」12
ナザレのイエスという御方とその使命なしには,人は死に定まったままでいたでしょう。馬小屋に生まれ,かいばおけに寝かされたその御方の誕生は,多くの預言者の霊感あふれる預言を成就しました。主は高い所から教えを受け,人に命と光と道をお与えになりました。群衆が従い,子供たちは主をあがめ,高ぶる者は拒絶しました。主はたとえで語り,模範によって教え,完全な生涯を送られました。
王の王,主の主が来られたにもかかわらず,主は敵や反逆者として扱われ,あざけられ,訴えられました。「十字架につけよ,十字架につけよ」13という声が響き渡り,主はやがてカルバリの丘へと歩み始められました。
主はあざけられ,ののしられ,嘲ちょう笑しょうされ「イスラエルの王キリスト,いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」14という叫び声の中,釘くぎで十字架に打ち付けられました。「他人を救ったが,自分自身を救うことができない」15と言う者に主はこう答えられました。「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているか,わからずにいるのです。」16「『父よ,わたしの霊をみ手にゆだねます。』こう言ってついに息を引きとられ」ました。17 主の亡骸は主を愛してやまない者たちの手により,石を掘って造った墓に納められました。
週の初めの日の明け方に,マグダラのマリヤとヤコブの母マリアがその他の人々とともに墓を訪れました。驚いたことに,主の体はそこにありませんでした。ルカは,輝く衣を着た二人の人が女たちのそばに立ち,こう語ったと記しています。「あなたがたは,なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。そのかたは,ここにはおられない。よみがえられたのだ。」18
来週,キリスト教徒は歴史上最も重要な出来事を祝います。「そのかたは,ここにはおられない。よみがえられたのだ」という簡潔な言葉は,主なる救い主イエス・キリストの文字どおりの復活を最初に証した言葉でした。最初のイースターの朝,空からになった墓は,慰めと確信を与え,「人がもし死ねば,また生きるでしょうか」19というヨブの問いかけに,はっきりとした肯定的な答えを与えました。
愛する人を失ったすべての人に向けて,ヨブの問いかけを答えにしてお伝えしましょう。もし人が死ねば,また生きるのです。わたしたちはそれを知っています。なぜなら,明らかにされた真理の光があるからです。「わたしはよみがえりであり,命である」と主は言われました。「わたしを信じる者は,たとい死んでも生きる。また,生きていて,わたしを信じる者は,いつまでも死なない。」20
涙や試練,恐れや悲しみ,愛する人を失った心痛や孤独の中にあっても,命は永遠であるという確信があります。主なる救い主はその生ける証人です。
わたしは特別な証人として,心を込め,熱い思いを尽くして,神が生きておられることを高らかに証し,宣言します。イエスは神の御子,肉における御父の独り子です。わたしたちの贖い主であり,御父と人との間の仲保者です。わたしたちの罪を贖うために,十字架上で亡くなり,復活の初穂となられました。主が命を捨てられたので,すべての人は再び生きることができます。「主は生けりと知る」21という歌詞の何と麗しいことでしょう。世のすべての人がこのことを知り,その知識に従って生きることができますように,主なる救い主,イエス・キリストの御み名なによってへりくだり祈ります,アーメン。