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効果的なレッスン準備の原則


レッスンの準備

効果的なレッスン準備の原則

レッスンを準備するための資料

聖文

聖文

セミナリーの4つのコースと,承認されたインスティテュートのほとんどのコースは,標準聖典の研究で構成されています。これらのコースで何を教えるべきかを決めるために第一に用いるのは,聖典そのものです。セミナリー・インスティテュート教師に向けて,エズラ・タフト・ベンソン大管長〔1985-1994年〕は次のように教えています。「聖文と生ける預言者の言葉に代わる,申し分のない代用品はありません。聖文と生ける預言者の言葉を直接の情報源としなければなりません。」 (“The Gospel Teacher and His Message” [address to CES religious educators, Sept. 17, 1976], 3)

インスティテュートの一部のコースでは,標準聖典の研究ではなく,福音のテーマに焦点が当てられています。これらのコースの教師は,インスティテュートの教科課程で提案されている資料(および聖文)を,準備のための主要な情報源とする必要があります。教師は,これらのコースで教えられている教義と原則を明確にし,説明するために,聖文と預言者の言葉を使う機会を常に探すべきです。

セミナリーとインスティテュートの教科課程

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セミナリーとインスティテュテュートの教科課程の資料は,教師がよく準備して効果的なレッスンをするうえで役立つ中心的な資料です。教科課程は,聖文とその背景に関する予備知識,難しい語句の説明,聖文で教えられている教義と原則に関する中央幹部の言葉,教える内容や教義,原則に関する提案を提供します。また,教える方法のアイデアも提案しています。教師が聖句ブロックの研究と並行して教科課程を使うと,生徒の必要に合わせてレッスンを修正する際に,聖霊から霊感を受けることができます。

ヘンリー・B・アイリング管長は,教科課程の準備と活用について次のように説明しています:「教会で教える教義が正確であることを確認するために預言者によって召されている人々は,皆さんが受け取るその教科課程の中のすべての言葉,すべての写真,すべての図表を再検討します。教科課程の力は,それが神から霊感を受けたものであるという信仰に従って行動するだけで引き出すことができます。

教科課程の内容とその配列に忠実であれば,わたしたちが持つ類いない教授の賜物は抑えられることなく,引き出されることでしょう。」(“The Lord Will Multiply the Harvest” [evening with a General Authority, Feb. 6, 1998], 4–5)

そのほかのリソース

教師は,聖句ブロックの理解を明確にするのに役立つ教会機関誌,特に総大会の教えなどのリソースを活用することができます。他のリソースを用いる場合は,憶測したり,生徒をあっと言わせるために用いるべきではありません。また,教会が明確に定めていない概念を教えるために用いるべきでもありません。以前に立証されている事柄や出版された書物であっても,教室で使うことが適切でない場合もあります。レッスンは生徒の信仰と証を築くものでなければなりません。

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教える事柄とそれを教える方法を決める

教師は皆,レッスンを準備するときに,「どのような事柄を教えるか」,また「どのような方法で教えるか」を決めなければなりません。教える事柄は,背景(前後関係や文化,状況など)や内容(話の流れ,人物,出来事,説教,霊感を基になされた説明など),聖句ブロックに含まれる重要な福音の真理で構成されます。教える方法は,生徒が学ぶのを助けるために教師が用いる方法やアプローチ,活動(クラスでの話し合い,視聴覚資料,筆記活動,少人数のグループでの活動など)で構成されます。教える事柄を決めてから教える方法を選ぶ必要があります。そうすることにより,手法や技術ではなく聖文に焦点を当て続けることができます。

レッスンを準備するとき,教師は教える事柄教える方法の両方の決めるのに十分時間をかける必要があります。教師がレッスンの準備中に教える事柄にほとんどの時間を注いでしまうと,生徒が学習に参加するのを助ける方法について考える時間が不足してしまいます。その結果,レッスンは教師中心の退屈なものになりがちです。教師が教える方法に集中しすぎると,レッスンは目的と力を欠き,支離滅裂になってしまう可能性があります。

何を教えるかを決める

教師が教える事柄を準備するに当たって,4つの基本的な段階があります:第1に,聖句ブロックの背景と内容を理解しようと努める。第2に,その聖句ブロックにある教義と原則を見つけ,理解するよう努める。第3に,生徒がどの原則を学び,応用するのが最も重要かを判断する。第4に,聖句ブロックの各セグメントをどの程度強調するか決める。

1.教える聖句ブロックの背景と内容を理解する。

教師は,聖句ブロックの背景,つまり前後関係を理解し,内容について熟知するまでその聖句ブロックに没入するように努めるべきです。聖文に没入するとは,読む事柄について霊感と理解を得たいと望みながら読み,研究し,深く考え,祈ることです。

聖典の内容を理解するために行える最も有益な方法の一つが,話題や行動が変わる聖句ブロック内の自然な変わり目に注意することです。教科課程と自分自身の洞察を用いて,これらの自然な変わり目に基づき,聖句ブロックをより小さなセグメント,すなわち節のまとまりに分けることができます。これらの小さなセグメントは重要な基礎ブロック,すなわち構成要素となり,教師は後に準備をするときにこれを用いて,レッスンの流れを組み立て,また聖句ブロック内のすべての内容に少なくともある程度の注意を向けることができます。

また,この方法で聖句ブロックの要点をまとめるとき,重要であると思われる人物,場所,出来事,原因と結果の関係について,また,難しい言葉や語句の意味について理解を増すように努めなければなりません。内容を十分に理解するために,聖句ブロックを複数回読む必要のあることがよくあります。

2.教義と原則を見つけ,理解する。

背景と内容を理解するのと同時に,教師は聖句ブロックの教義と原則を注意深く探し,理解し,教科課程で提案されている教義と原則を確認する必要があります。教科課程ですでに行われていないかぎり,教師は教義と原則を明快かつ簡潔な文章に書き出すように努めるべきです。そうすることで,原則と意味の両方を教師の頭の中で明確にすることができます。これはまた,クラスでの学習活動の指針となり,生徒の理解が深まり,的を絞って応用できるようになります。

3.生徒が学び,応用するためにどの原則が最も重要かを判断する。

標準的な聖句ブロックには,ほとんど必ず,1回のクラスでは十分に有意義な話し合いができないほど多くの題材があります。教師は,聖文と教科課程を研究したら,生徒にとってどの教義と原則が理解して応用するのに最も重要かを判断しなくてはなりません。この決定を下す際,教師は以下の事柄を考慮する必要があります。

聖霊の促し。教師は,レッスンでどの原則と教義を強調するか判断する際に,絶えず聖霊の導きを求めるべきです。

版の抄録を作るモルモン

霊感を受けた記録者の意図。教師は,記録者である預言者が何を伝えようとしていたかを見極めるように努めるべきです。エズラ・タフト・ベンソン大管長はこのように述べています。「〔記録者〕がわたしたちの時代を見,わたしたちのためになることを選んでくれたのなら,なおさらモルモン書を研究する必要があるのではないでしょうか。『これを記録するように主がモルモン(モロナイあるいはアルマ)に霊感をお与えになったのはなぜだろうか,現代の生活への教訓として何が学べるだろうか』と絶えず自問する必要があります。」(「モルモン経-私たちの宗教のかなめ石『聖徒の道』1987年1月号,6)教師は,自分が教える聖文コースのレッスンの準備をする際に,同様の質問について考える必要があります。

教師はまた,聖典の中の預言者の目的の中心は常に,イエス・キリストについて証することであることも,念頭に置くべきです。ニーファイが述べたように,「わたしが一心に志すのは,人々がアブラハムの神,イサクの神,ヤコブの神のもとに来て救われるように,説き勧めることである。」(1ニーファイ6:4)ですから,教師は「この聖句ブロックがイエス・キリストについて教えていることで,生徒が主の教えと贖罪を理解し,頼るのに役立つことは何か」と自問してください。

教師は,霊感を受けた著者の意図を見極めようとするときに,本文の中で明らかにされている以上の結論に達しないように注意する必要があります。ヘンリー・B・アイリング管長は,次のように警告しています。「わたしは,著者の意図や,意図していないことをすべて知っているふりをしてはならないのです。」(“‘And Thus We See:’ Helping a Student in a Moment of Doubt” [evening with a General Authority,Feb. 5,1993],6)

改心を促す原則と教義のテーマ。何を教えるかを決定する際に,教師は次のことを検討すべきです。「この聖句ブロックで強調できるすべての真理のうちでどれが,生徒を天の御父と救い主に近づけ,救いへと導くのに役立つだろうか。」ヘンリー・B・アイリング管長は,次のように勧告しています。「レッスンを準備するときは,その中で改心を促す原則を見つけてください。……改心を促す原則とは,神の御心に従うように導く原則です。」 (in L. Tom Perry, “Converting Principles” [evening with a General Authority, Feb. 2, 1996], 1)

生徒の必要と能力。教師が生徒のことをよく知り,理解すればするほど,応用できる関連原則を見つけ,強調することが容易になります。教師は聖句ブロックを研究するとき,個人的に面白い,あるいは自分にとって特に重要な概念を見つけるかもしれませんが,それらは生徒の霊的な備えや理解を超えたものであるかもしれません(例えば,1コリント3:2のパウロの堅い食物と乳の勧告を参照)。教師にとっては目新しいものでも興味深いものでもない原則の中には,生徒にとって非常に重要な原則があるかもしれません。教師は,生徒を教えているのであって,単にレッスンを教えているのではないことを心に留めておく必要があります。単にレッスンの概要を準備するのではなく,学習経験を生み出そうとしているのです。教科課程は,どの原則や教義が生徒に最も関連があるかを教師が見極める際に,特に役立ちます。

リチャード・G・スコット長老〔1928-2015年〕は次のように教えています。「皆さんの生徒の個人的な能力と必要に応じて,最も優先順位が高いものは何かを判断してください。生徒が重要な原則を理解し,自分のものとし,人生の手引きの一部とするならば,最も重要な目的が達成されたことになります。」 (“To Understand and Live Truth” [evening with a General Authority, Feb. 4, 2005], 2–3)

教師は,どの真理を強調するかを決める際に,聖句ブロックを読み進めながら,焦点を当てない原則や教義について簡単に触れる計画を立ててもよいでしょう。そうすることで聖霊は,レッスンの主要な焦点ではないけれども,生徒のだれかにとって重要な原則をその人のために取り上げる機会を与えてくださいます。教師はまた,教師が気づいていなかった福音の真理や,話し合う予定のなかった真理を見つけたり,話し合いたいと思ったりするかもしれないことを心に留めておく必要があります。

教師は,これらのことをすべて考えながら,御霊の確認を求めるようにしなければなりません。御霊は,霊感を受けた聖典の記録者の意図や生徒の必要,また生徒が天の御父と救い主に近づくのにどの福音の真理が助けとなるかを,教師がもっとよく理解できるように助けてくださるでしょう。

4.聖句ブロックの各セグメントをどの程度強調するかを決める。

聖句ブロックの背景と内容を理解し,聖句ブロックをより小さな,内容に関連したセグメントに分け,生徒が学び,応用するべき重要な福音の真理を特定したので,教師は聖句ブロックの各セグメントをどの程度強調するかを決定する準備ができています。一般的に,教師がレッスンで強調しようとしている教義と原則が含まれたセグメントが,最も強調されます。つまり,これらの節について,教師は生徒がその背景と内容を理解し,その中にある重要な教義と原則を見つけて理解し,心の中でその教義と原則が真実であり重要であることを感じ,それらの真理を生活に応用する方法を理解できるように,生徒を助けるということです。

聖句ブロックのほかの部分は,レッスンで強調されている真理に焦点が当てられていないかもしれませんが,飛ばしたり無視したりしてはなりません。教師は,少なくともこれらの節についても要約する計画を立てるべきです。

注:時間を気にしなくてよいほど準備の時間あることはまれです。教師がよく犯す間違いは,読み,研究し,何を教えるかを決めようとするのに時間を費やしすぎて,それを教える方法を深く考えながら準備する時間が不足してしまうことです。レッスンの準備をする度に,ある時点で教師はこう言わなければなりません。「何を教えるべきかは十分に理解できたと思う。次に,それをどのように教えるかを決める必要がある。」

どのように教えるかを決める

教師が,これから教える聖句ブロックや,見つけた真理に心を躍らせるのはよくあることです。学び,理解し,御霊により教えを受ける熱心な努力を通して,教師は教化され,準備の間に学んだことを伝えたいという望みを自然に抱きます。それは適切なことではあるかもしれませんが,どのレッスンにおいても,目的は生徒が聖文を理解し,聖霊から教えを受け,学んだことを応用するよう生徒が促しを受けることであることを,心に留めておく必要があります。そのためには,ほとんどの場合,教師が聖文から学んだことや,それが大切だと感じる理由を生徒に伝える以上のことが求められます。また,教師が聖句を読み,それについて解説し,その後別の節を読む以上のことが必要です。

生徒は,教師がレッスンの準備をしたときに経験した学習過程と似た過程を通じて導かれるときに教化されます。理解するために聖文を調べたり,自分自身で福音の真理を見つけたりするよう,生徒を導く必要があります。自分の言葉で福音を説明したり,知っていることや感じていることを発表して証する機会を生徒に与えるようにしてください。こうしたやり方は,頭で理解した福音を心で理解する助けとなります。

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このような方法で福音を学ぶことを常に経験するうちに,生徒は自分で聖文を研究し,御霊により学ぶ能力に自信を得ます。そして,学んでいることを生活に応用したいという望みを感じるでしょう。また,自分の信条を人に説明し,福音の教義と原則についての証を述べる備えがさらにできるでしょう。

教師は,生徒がクラスで一緒に聖文を研究する中で,この学習過程を経験する助けとなる方法を計画する必要があります。教師がレッスンプランを作成する際,次の質問に対する答えが教える方法を決める土台となります:

  1. どのような方法または学習活動が,生徒が知る必要のある背景と内容を理解するのに助けとなるだろうか。

  2. どのような方法が,生徒が重要な教義と原則を見つけ,言葉で表現できるようになるのに助けとなり,またほかの教義と原則を見つける機会となるだろうか。

  3. 生徒がこれらの原則と教義を理解するのを助けるのに,最良の方法は何だろうか。

  4. これらの原則が真実であり重要であることを感じるように生徒を導き,それについて分かち合い証するように招くために,どのような方法または採り上げ方があるだろうか。

  5. 生徒がこれらの原則を生活に応用できる方法を知るのを助け,またそうするように彼らを励ますのに,効果的な方法は何だろうか。

以下は教える方法を決める際に考慮すべき幾つかの事項です。

教え方が,教えているメッセージと調和しており,御霊の影響力を受ける助けとなるものであることを確認します。時々,生徒を楽しませようとしたり,生徒に興味を持たせ続けようとして,教師が,生徒の理解や教化につながらない方法や技術を選んだり,用いたりすることがあります。方法を選ぶとき,教師はその教え方が生徒に吸収してもらいたいメッセージを強めることになるのか,それとも弱めることになるのかについて,よく考えなければなりません。例えば,教える内容に関連したゲームは,情報(聖書の各書の順番など)を教えるには楽しく効果的な方法かもしれませんが,最終目標が霊的な気持ちを招くことであるとすれば,ほとんど間違いなく逆効果になります。少人数のグループで作業することは効果的ですが,かなりの時間がかかるため,簡潔に述べられた原則を見つける最善の方法ではないかもしれません。

教師は,教授法と活動が福音を学ぶ場にふさわしく,だれも嫌な思いをしたり傷つけたりすることがなく,御霊の影響を受ける助けになるようにしなければなりません。

教科課程の活用。セミナリーとインスティテュートの教科課程では,「福音を教え学ぶときの基本」を実践する,教える方法を提案しています。教師は各レッスンを準備するに当たり,教科課程を注意深く見直し,聖句ブロックを教えるために使う情報と方法を選択する必要があります。聖句ブロックのために教科課程の提案の全体または一部を使うことを選択してもよいですし,提案されたアイデアを生徒の必要や状況に合わせて調整してもよいでしょう。

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関連性と目的をはっきりさせる。生徒は,学習している聖句の内容と自分自身の状況に関連性があることを知ると,通常,福音の教えを学び,応用しようという意欲がさらに高まります。また,聖句が現実の生活の様々な状況において,導きとなる答えや指示をどのように与えてくれるかを理解することもできます。

したがって,教える方法を準備する際,教師は,聖句ブロックに含まれている永遠の真理について深く考え,それらが生徒の生活の中でどのように役立ち,有意義なものとなるかを考えることが賢明でしょう。このことを念頭に置くと,教師は,導きや方向性を示してくれる福音の原則や教義を教える聖文を生徒が調べるように促す関連のある質問,状況,問題などでレッスンを始めることがよくあるでしょう。教師はまた,レッスンを準備するに当たり,生徒が興味を保ち,学習の過程に継続して参加できるような方法を計画するべきです。

勉強する女性

ペース配分を決める。教師は,聖句ブロック全体を網羅するよう熱心に努力する必要があります。しかし,レッスンの各所にどれくらいの時間を費やすかを決める際には,教師はレッスンではなく生徒を教えていることを心に留めておくことが大切です。教師はレッスンプランに厳密に従うことに焦点を当てるあまり,レッスンの途中で霊感を受けたり,予想以上に生徒が積極的にレッスンに参加してくれたりしたためにレッスンを修正する必要が生じても,その余地のない状況を作ってはいけません。

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教師がよく犯す間違いの一つは,レッスンの初めの部分に時間をかけすぎて,残りの部分を大急ぎで教えなければならなくなることです。教師は準備をする際,自分が選んだ教え方でレッスンを行った場合に,生徒がレッスンの各部分に取り組むのにどれくらいの時間がかかるかを見積もる必要があります。ほとんどの場合,限られたレッスンの時間内ですべてを教えることはできないので,どの聖句ブロックを強調し,どれを要約するかを決める必要があります。

時間配分の必要性は,各レッスンだけでなく,コース全体についても言えます。例えば,新約聖書コースで,四福音書に時間をかけすぎれば,残りの書に見いだされる重要な福音の真理を適切に教えることができなくなってしまいます。

セミナリーとインスティテュートのほとんどの教科課程には,時間配分の提案とコース全体を採り上げるためのスケジュールが記されています。

生徒が役割を果たすように助けることに焦点を当てる。教師はどのように教えるか準備する際,教師が行うことだけでなく生徒に焦点を当て続けるべきです。教師はまた,「自分は今日,クラスで何をしようか」,あるいは「生徒に何を教えようか」と単に考えるだけでなく,「生徒は今日,クラスで何をするだろうか」,あるいは「生徒が知るべきことを見つけ出せるよう,どのように助けられるだろうか」と考えながらレッスンの準備に取り組むべきです。

様々な方法とアプローチを使う。説得力のある教授技術でも,使い過ぎれば,効果がなくなったり退屈なものとなったりします。教師は多様な方法で教えることだけを目的として教える方法を選ぶべきではありませんが,効果的な教師の多くは,それぞれのレッスンの中でも教える方法を変えますし,日によっても変えます。教師はまた,もし生徒が興味を失ったり,生徒の行っていることが望ましい結果につながっていなければ,レッスン中に教授法を変更する準備をしておく必要があります。

様々な教授法を用いると,様々な方法で学ぶ生徒に対応することもできるようになります。見る,聞く,触るなど,生徒が様々な感覚を使う必要のある教授法や学習活動は,生徒の参加を改善し,教えられていることを思い出す助けとなります。

教師は一般的に,自分にとって楽で得意とする方法を選ぶべきですが,もっと効果的にできる新しい方法や採り上げ方を進んで試してみるべきです。

この手引きの次の章では,教える方法を決めるときに検討できる様々な教授法と採り上げ方を紹介します。

宗教教育セミナリー・インスティテュート(S&I)の教科課程は,あなたが教師として成長し,教化される学習経験を生徒に提供する助けとなる主要なリソースです。大管長会のヘンリー・B・アイリング管長は,次のように教えています:

「教会で教える教義の正確性を確実にするために預言者によって召されている人々は,皆さんが受け取る教科課程にあるすべての言葉,すべての写真,すべての図表を見直します。教科課程の力は,それが神から霊感を受けたものであるという信仰に従って行動するだけで引き出すことができます。……

教科課程の内容とその配列に忠実であれば,わたしたちが持つ類いない教授の賜物は抑えられることなく,引き出されることでしょう。」(“The Lord Will Multiply the Harvest,” 1998])

教科課程は,学習方法と活動を,教会教育管理会およびS&I管理会から受けた指示と一致させるよう努めています。教科課程を活用し,それを適切に取り入れ,調整しようとすることは,キリストのような教え方の原則を取り入れる助けとなります。教科課程を一貫して使用することにより,あなたはより学習者に焦点を当て,それぞれの学習経験の中心に救い主を据える方法を理解することができるでしょう。

教科課程はまた,あなたがより効果的に聖文を教える助けとなるよう努めています。これには,生徒が背景と内容をよりよく理解できるよう助け,福音の真理を見つけ,自分との関連性を理解し,生活に応用できるようにすることも含まれます。そうすることで,さらに天の御父とイエス・キリストのようになろうと努力する生徒を支援し,励ますことができるでしょう。