メンタルヘルス
6:救い主の神聖な共感を受ける


「6:救い主の神聖な共感を受ける」メンタルヘルス:一般的な原則

「救い主の神聖な共感」メンタルヘルス:一般的な原則

「おお,父よ」サイモン・デューイ画

救い主の神聖な共感を受ける

共感とは,ほかの人たちの感情を察し,相手が考えていること,感じているだろうことを理解する能力のことです。共感とは,単に相手のために感じることではなく,相手と一緒に感じることです。イエス・キリストは万物の下に身を落とされたため,神のような共感を持ち,試練にあるわたしたちをどのように支えたらよいかを御存じです(アルマ7:11-12教義と聖約88:6参照)。

人生に押しつぶされそうになるとき,神が自分をお見捨てになったと思うことがあるかもしれません。父なる神と救い主イエス・キリストはわたしたちを御存じであり,試練にあるわたしたちをどのように助けたらよいかを知っておられるという真理に,わたしたちは平安と慰めを見いだすことができます。イエス・キリストを信じることで,現世の困難が消えてなくなるわけではありません。しかし,困難に立ち向かう力を主が与えてくださることを,わたしたちは信じています。

クエンティン・L・クック長老はこう教えています。「この世の生涯はいつも容易に進むわけではなく,また,そのように意図されているわけでもありません。むしろ試練と証明の時期なのです。……時にわたしたちは『あのね,大変だったんだよ』と言いたいときがあります。そんなときこそ,〔イエス・キリスト〕がそこにおられることを実感し,その愛の御腕に抱かれて平安を得られるときなのです。」(「あのね,大変だったんだよ『リアホナ』2008年11月号,103,105)