1 さて,それから何年かたって,シーレムという名の男がニーファイの民の中にやって来た。
2 そしてこの男は,民の中で教えを説き,キリストなどというものは存在するはずがないと,民に宣べ始めた。また彼は,民にへつらう事柄をたくさん説いた。これは彼が,キリストの教義を覆そうとして行ったことである。
3 彼は,民の心を惑わそうと熱心に努めたので,多くの人を迷わすのに成功した。また彼は,わたしヤコブが将来来られるキリストを信じているのを知っていたので,わたしのもとに来る機会をしきりに求めていた。
4 彼は博学で,民の言葉に完全に通じていたので,悪魔の力によって多くの甘言と十分な弁舌の力を用いることができた。
5 そして,彼はわたしの信仰を動揺させることができると思っていた。それでも,わたしはこれらの事柄について多くの啓示を受け,またたくさんのことをすでに見ていた。わたしは実際に天使たちに会い,その天使たちがわたしに仕えてくれたからである。また主の声がまことにわたしに言葉をかけてくださるのを時折聞いていた。そのために,わたしは動揺することはなかった。
6 さて,彼はわたしのところに来ると,このように言った。「ヤコブ兄弟,わたしはあなたと話ができるように,度々機会を求めてきました。あなたが方々を巡って,あなたが福音と呼んでいるもの,すなわちキリストの教義を宣べ伝えていることをわたしは耳にし,知っているからです。
7 あなたがこの民の多くの者を惑わしたので,彼らは神の正しい道を曲げ,正しい道であるモーセの律法を守っていません。また,モーセの律法を変えて,あなたがたの言う,何百年か後に来る一人の人を礼拝しています。さてまことに,わたしシーレムはあなたに言明します。これは神への冒瀆です。だれにもそのようなことは分からないからです。だれも将来のことを告げることはできません。」このようにして,シーレムはわたしに論争を仕掛けた。
8 しかし見よ,主なる神がわたしに神の御霊を注いでくださったので,わたしは彼のすべての言葉について彼を説き破った。
9 わたしは彼に言った。「あなたは将来来られるキリストを否定するのですか。」すると彼は言った。「キリストが必ず存在するのであれば,わたしは否定しません。しかし,キリストなどというものが,現在にも,過去にも,未来にも存在しないことを,わたしは知っています。」
10 次にわたしが,「あなたは聖文を信じていますか」と言うと,彼は,「はい」と言った。
11 それでわたしは彼に言った。「それならば,あなたは聖文を理解していません。聖文はまことにキリストについて証しているからです。見よ,わたしはあなたに言いますが,このキリストについて述べることなしに書き記したり預言したりした預言者は一人もいません。
12 それだけではない。キリストのことは,わたしにも示されました。わたしは目で見,耳で聞いたからです。また,聖霊の力によってもわたしに明らかにされました。ですから,贖罪が行われなければ,全人類が必ず失われた状態になることを,わたしは知っています。」
13 そこで,彼はわたしに,「それでは,そのように多くのことをあなたに教える聖霊のその力によって,わたしにしるしを見せてください」と言った。
14 それで,わたしは彼に言った。「わたしは何者なので,あなたがすでに真実であると知っていることについて,しるしをあなたに見せるために神を試みることができましょうか。あなたはしるしを見ても否定するでしょう。あなたは悪魔に従う者だからです。しかしながら,わたしの思いが行われるのではなく,神があなたを打たれるならば,それがすなわち,神が天と地の両方で力を持っておられることと,キリストが将来来られることをあなたに示すしるしとなるでしょう。おお,主よ,わたしの思いではなく,あなたの御心が行われますように。」
15 さて,わたしヤコブがこれらの言葉を語り終えると,主の力が彼に下り,彼は地に倒れた。その後,彼は何日もの間,介抱を受ける身となった。
16 そこで,彼は民に言った。「明日集まってほしい。わたしはもう死ぬ。だから死ぬ前に民に話しておきたい。」
17 さて,翌日,大勢の人が集まった。すると,シーレムは彼らにはっきり語って,自分がこれまで彼らに教えてきたことを取り消し,キリストと,聖霊の力の実在と,天使の働きを告白した。
18 また彼は,彼らにはっきりと,自分が悪魔の力によって欺かれていたことを語り,地獄と永遠と永遠の罰についても語った。
19 また,彼は言った。「わたしは赦されない罪を犯したのではないかと恐れています。神に偽りを言ったからです。また,聖文を信じていると言いながら,キリストを否定したからです。聖文は確かにキリストのことを証しています。わたしはこのように神に偽りを言ったので,わたしの境涯が恐ろしいものになるのではないかと非常に恐れています。しかし,わたしは神に告白します。」
20 そして,彼はこれらの言葉を語り終えると,何も言えなくなって息絶えた。
21 群衆は,シーレムがまさに息を引き取ろうとするときにこれらのことを語ったのを見て,非常に驚いた。そのために,神の力が彼らに及び,彼らは圧倒されて地に倒れた。
22 ところで,これはわたしヤコブにとってうれしいことであった。わたしはこのことを前もって天におられる御父にお願いし,御父はわたしの嘆願に耳を傾けて,祈りにこたえてくださったからである。
23 そして,平和と神の愛が再び民の中に回復された。民は聖文を詳しく調べ,二度とこの邪悪な男の言葉に聞き従わなかった。
24 さて,レーマン人を再び正して真理の知識のもとに連れ戻すために,多くの手段が講じられたが,いずれも無駄に終わった。彼らは戦争と流血を喜びとし,また,彼らの同胞であるわたしたちに対して,永遠の憎しみを抱いていたからである。そして彼らは,武力で絶えずわたしたちを滅ぼそうとした。
25 それゆえ,ニーファイの民は自分たちの救いの岩である神に頼りながら,武器とあらんかぎりの力をもって,レーマン人に対する防備を固めた。そのため,この当時までは敵に勝利を収めていた。
26 さて,わたしヤコブは年を取ってきた。この民の記録はニーファイのほかの版に書き継がれるので,わたしは自分の知っているかぎりの事柄を書き記してきたことを宣言し,この記録を終えることにする。わたしたちの時はもう過ぎ去った。一生はあたかも夢のように過ぎてしまった。わたしたちは孤独でまじめな民であり,流浪の民であって,エルサレムから追い出され,艱難のただ中に荒れ野で生まれ,わたしたちの同胞に憎まれてきた。そして,その憎しみが戦争と争いを引き起こし,わたしたちは生涯を嘆き悲しんで送ってきたのである。
27 わたしヤコブは,間もなく墓に入らなければならないことを知った。それで息子のエノスに,「この版を受け継ぎなさい」と言い,また兄ニーファイから命じられたことを告げたところ,息子はその命令に従うことを約束してくれた。これまで書き記してきたことはわずかであるが,わたしはこの版に書き記すのをこれで終える。そして,わたしの同胞の多くがわたしの言葉を読めるように期待しながら,わたしは読む者に別れを告げる。同胞よ,さらば。