2016
神を設計者とする
2016年1月


神を設計者とする

皆さんが想像しているよりもはるかにすばらしい人生を歩むことができます。

blueprint of house

イラスト/ブライアン・ビーチ

人生では,その場の試行錯誤によって多くのことを成し遂げることができます。百万もの部品を使って家具を組み立てるときに説明書に頼らずに仕上げたり,一番良く聞こえる音を出そうと楽器を適当に弾くことによって演奏方法を身につけたりするなど,試行錯誤によって学べることは無数にあります。

ただし一つ言えることは,通常,そのような方法はあまり簡単ではないということです。

非常に複雑な作業を思い浮かべてください。もし自分の家を建てることを任され,全ての建材を目の前に置かれたらどうでしょうか。巨大な山のように積まれた建材を想像することができますか。板,釘,パイプ,針金,工具など,あなたと家族が住む立派な家を建てるために必要なものが全てそろっています。

これまでのように,試行錯誤しながら家を建てたいと思いますか。それとも,建材を最大限に活用する方法をきちんと知っている人に助けてもらいたいでしょうか。

人生の旅路も同じです。全ての人は人生を組み立てるうえで助けが必要です。そして,神以上に信頼できる設計者はおられません。

アンダーセン長老は,からの引用,『若人の強さのために』,言いました──「主はあなたが自分でできるよりもあなた人生からはるかになります。主は,あなたの機会を増し,視野を広げ,あなたを強くしてくださいます。また,試練や問題に取り組むために必要な助けを与えてくださるでしょう。あなたは天の御父とその御子イエス・キリストを知るようになるとき,より強い証を得,真の喜びを見いだし,神と御子の愛を感じるようになるでしょう。」(43ページ)

神の戒めを守り,神と相談しながら計画を立てるなら,わたしたちは自分がなりたいと思っている人物ではなく,自分がなる必要のある人物になります。

神の助けによって,自分が選んだ道よりもさらに良い道を見つけた人々を何人か紹介しましょう。

暴力をやめる

〔祈っている若い男性の画像〕

mormonchannel.orgに掲載されているビデオシリーズで,ブッバという名前の若い男性が破滅への道を歩んでいた経験を紹介しています。1彼は暴力的な家庭で生まれ育ち,わずか3歳のときに父親が家で殺されました。

ブッバは成長しながら,自分がいつも見てきたのと同じ生活を送ることを選びました。ギャングの一味となり,自分に逆らう人がいれば,誰とでもけんかを始めました。高校生になる頃には,いつか近いうちに刑務所に入れられるかもしれない,しかしそれでもよいと思っていました。

そんなとき,神が手を差し伸べられました。人生を危うくする岐路に差しかかったとき,ブッバは愛情のこもった優しさと善意を示してくれる末日聖徒の家族と出会いました。彼はそれまで,思いやりと愛を示してくれる人と接したことがありませんでした。ブッバはその家族とできるだけ多くの時間を一緒に過ごしました。なぜそのような思いやりのある行動をするのか彼が尋ねると,彼らはイエス・キリストを信じているからだと答えました。

ブッバは彼らがどんなことを知っているのか,知りたいと思いました。そこで,祈りや聖典研究を始めました。間もなくして,今まで感じたことのない気持ちがしました。「確かに神はおられ,わたしを愛してくださっている」とブッバは言います。神の助けによって,ブッバは昔の生活を捨て,イエス・キリストを土台として自分の人生を一から立て直し始めました。

彼はこう語っています。「わたしの性質は変わりました。昔とはまったく違う人間になりました。今は目的も,使命もあります。目指している場所があります。」

最近,ブッバは前向きな心で,信仰と希望を抱きながら自分の未来を見つめています。「わたしの行きたいところへ行くためには,イエス・キリストに,つまりキリストを信じる信仰に頼るしかないことを知っています」とブッバは言います。2

進路を変える

man pruning bush

十二使徒定員会の会員であり,大管長会の一員であったヒュー・B・ブラウン管長(1883-1975年)は,自分で実現できるよりもはるかにすばらしい人生を神が用意されていたという経験を紹介しています。

ブラウン管長はカナダ陸軍に従事していたとき,将来大将に昇進する道を歩んでいました。10年もの間ずっと,昇進に備えて努力し,その日が来ることを望み,祈っていました。

ところが,大将の席が空いたとき,教会員であるという理由だけで選考から外されてしまいました。文字どおり,理由はそれだけであったと上官たちは言いました。

それを聞いて,ブラウン管長は激怒しました。「汽車に乗り,……引き返しました。わたしの心はひどく傷つき,苦々しさばかりが残っていました。……テントに着いたわたしは,……帽子を簡易ベッドの上に投げ捨てました。拳を天に向かって振り上げ,叫びました。『神よ,あなたはどうしてこのようなことをなさるのですか。あれほど努力してきたではありませんか。できるはずだったこと,すべきはずだったことを怠ったことなど一度もありません。それなのに,どうしてこのようなことをなさるのですか。』苦々しさで胸が張り裂けそうでした。」3

そんなとき,ブラウン会長は何年か前の経験を思い出しました。以前,手入れされていない農場を買ったことがありました。そこには枝が伸びすぎたスグリの木が生えていて,剪定しなければ,いつまでも実はつかず,枝がどんどん上へ伸びていくばかりでした。

そこで,ブラウン管長はその木を大胆に刈り込みました。後で見ると,一つ一つの枝の先に樹液が滴となってにじみ出ていて,涙のように見えました。ブラウン管長はスグリの木に向かって「わたしはここの庭師だ」と言いました。ブラウン管長はその木に将来どんな風になってほしいか知っていました。それは,ただの日よけの木になることではありませんでした。

そして,昇進させてもらえなかったことへの怒りと葛藤しているときに,この経験を思い出しました。「そのときわたしは声を聞きました。その声が誰の声かはすぐに分かりました。それはわたし自身の声でした。『わたしはここの庭師だ。わたしはおまえにどのような木になってほしいか知っている。』心の中からあの苦々しさが消えていきました。わたしはベッドの脇にひざまずき,心に抱いた不満と不敬の念について赦しを請い求めました。……

……あれから約50年の歳月が過ぎました。今,わたしは〔神を〕仰いでこのように言うことができます。『わたしの庭師であられる神よ,本当にありがとうございます。あなたはわたしを愛したからこそ,わたしが傷ついても,枝を刈り込んでくださったのですね。』」4

ブラウン管長が大将になることはありませんでした。主はブラウン管長のために,別のことを計画しておられました。主が設計者となられたことで,ブラウン管長は最高の人生を築くことができました。

一から建て直す

Alma and Amulek visiting Zeezrom

神の預言者から「地獄の子」と呼ばれたら,おそらくその人の人生は正しい方向に向かっているとは思えません。モルモン書に登場する律法学者のゼーズロムの経験はまさにそのとおりでした。(アルマ11:23参照)

アルマとアミュレクが教えを説いていた地で,ゼーズロムは民の怒りをあおってアルマとアミュレクに反対させ,律法学者として金銭を得ようとしていました。ゼーズロムは質問をしてアルマとアミュレクを惑わそうとしましたが,二人は正しく答えて,彼をとがめました。ゼーズロムの考えは,御霊によって二人に明らかにされました。(アルマ11-12章参照)

二人と問答を続けた結果,ゼーズロムは驚きのあまり何も言えなくなりました。彼は自分の間違いに気づき始め,自分が犯した罪や,民を間違った方向に導いたことに対して深い自責の念を覚えました。すぐに自分の悪事を正そうとして,「見よ,わたしには罪がある。この方々は神の御前に染みがない」と言いました(アルマ14:7)。

しかし,無駄でした。民はゼーズロムを町から追い出しました。自分の言動に対する罪悪感と絶望は非常に大きいものでした。自分がアルマとアミュレクに反対するように民を説得したせいでアルマとアミュレクが命を落としたのではないか,という間違った恐れから,ゼーズロムは「高熱を出して」病床に伏していました(アルマ15:3)。

彼がそれまで築いてきた人生が音を立てて崩れたのでした。しかし,ゼーズロムの話はここで終わりません。

アルマとアミュレクが生きていることを知ると,彼は心を奮い立たせ,自分のところへ来てほしいと二人に頼みました。二人がやって来たとき,ゼーズロムは癒やしてほしいと言いました。すると,彼の信仰を通して完全に癒されました。その後,彼はバプテスマを受け,そのとき以来,教えを説き始めました(アルマ15:11-12参照)。

神を設計者としたゼーズロムの新たな人生が始まったのでした。

金づちと釘の向こうに

うれしいことに,わたしたちは一人で人生の旅路を歩むわけではありません。神はいつでもわたしたちを助けたいと望んでおられます。そして,神の助けを得るなら,わたしたちは何者にもなることができます。

  1. ビデオシリーズ“His Grace” mormonchannel.org

  2. “From Gang Member to ‘Good Man”(ビデオ)mormonchannel.org

  3. ヒュー・B・ブラウン「スグリの木」『リアホナ』2002年3月号,24参照。

  4. ヒュー・B・ブラウン「スグリの木」『リアホナ』2002年3月号,22,24参照。

  5. ニール・A・マックスウェル,「召しに応えて」『聖徒の道』1974年11月号,525参照