魚つり
お話を書いた人は,アメリカ合衆国ジョージア州に住んでいます。
ヘイデンは,魚つりに行くのが待ちきれませんでした。ダンさえ一緒に来なければよかったのに。……
「わたしのすてきな家族の望み」(『子供の歌集』98)
「リールをにぎって。魚つりを始めよう!」お父さんが言いました。
ヘイデンは辺りを見回してにっこりしました。全てが明るくかがやいて,周りには虫の声がひびいています。湖全部を自分たちだけでひとりじめできるのです!
ヘイデンはお父さんの後ろについて車の後ろに回ると,トランクから大きな魚つり用の道具箱を持ち上げました。重くても,全然気になりませんでした。お父さんと魚つりをするためなら,この2倍の重さでもへっちゃらです。
お父さんがつりざおを何本か取り出すと,がちゃがちゃと音がしました。「ダンはねむってしまったみたいだな」とお父さん。「起こしてくれるかい?」
ヘイデンは,ため息が出そうになるのをがまんしました。「ああ,うん。」
弟のダンも一緒に来ていたのを,うっかりわすれるところでした。ダンはいつも走り回り,大きな声で話すので魚がびっくりして全部にげてしまいます。
ヘイデンは,開いているまどからのぞきこみました。「ダン,起きる時間だよ。」
でも,ダンはまだぐっすりねむっていました。
ヘイデンは,しばらくじっと考えました。もしかしたら,ダンは一日中,この旅の間もずっとねていてくれるかもしれません。
ヘイデンはつりの道具箱をそっと持つと,湖の岸でつりをしているお父さんのところへ持っていきました。
「えさと虫と,他にもいろいろ持って来たよ。」
お父さんがヘイデンからつりの道具箱を受け取りました。「助かったよ,ありがとう。」それから,顔を上げたお父さんが「ダンはどこだい?」とたずねました。
ヘイデンは,車を見ました。急に,もしもダンが知らない場所で目を覚ましたら,どんな気持ちになるだろうという思いが浮かびました。気分は良くないだろうな,と思いました。きっと,かなりこわがるでしょう。それに,ダンはまだたったの5才でした。
「ちょっと待ってて,お父さん。すぐにもどるから」と言いました。でも,車の中を見ると,ダンはいなくなっていました。
もうヘイデンの耳には,虫の音は聞こえません。全てがしんと静まりかえっていました。
「ダンがいない!」ヘイデンはさけびました。
お父さんが急いでやって来て,あわてて車をかくにんしてから言いました。
「きっと,お父さんたちをさがしているんだよ。ほんの少ししかたっていないから,遠くには行っていないはずだ。」
ヘイデンは心を落ち着かせようとしましたが,胃がぐるぐる回っているようでした。「おいのりしてもいい?」
「それはとてもいいアイデアだね。」
ヘイデンは天のお父様に,弟がいることを感謝し,ダンが心細い思いをしないように,ダンをすぐに見つけられるようにお願いしました。
ヘイデンがいのり終わったとき,それまでは心がしめ付けられるようだったのが,少し楽になりました。
お父さんは,ヘイデンのかたに手を置いてたずねました。「もし君がダンだったら,どこに行くだろう?」
ヘイデンは車の反対側のドアが開いたままになっていることに気づきました。ダンは,湖の岸にいたヘイデンやお父さんのすがたは見なかったのでしょう。ヘイデンは,近くの小道を指さして「ぼくだったら,あっちの方に向かって歩き始めると思う」と言いました。
二人は小道を急いで進んで行きました。
一秒一秒がおそく,重く感じられました。ヘイデンは歩きながら,心の中でいのり続けました。数歩進むと,道が曲がっている所に来て,先の方にダンのすがたが見えました。
「ダン!」ヘイデンがさけびました。
ダンはふり向いてにっこりしました。「ねえ,どこに行ってたの?」
おそかった時間の流れが,元にもどりました。ヘイデンはダンのところに走りよると,ぎゅっとだきしめました。
「見つかって本当によかったよ」とヘイデンが言いました。ヘイデンは心の中で短い感謝のいのりをささげました。
ダンはただ,にっこりしました。「お魚はどこ?」
「おいで,見せてあげるよ。」ヘイデンはそう言いながら湖に向かって走りたくて,足がむずむずするのを感じました。「どっちが最初に魚をつれるか競争しようよ。つりばりにえさをつけるのを手伝ってあげるね。」