末日聖徒の声
2度目の機会
ケイリー・ボールドウィン(アメリカ合衆国,アリゾナ州)
初めて彼と会ったとき,わたしはバイオリンを抱えていて,
足を出すたびにバイオリンケースがパタパタと足に当たっていました。食堂に向かっているわたしに,彼は足を引きずりながら近づいて来ました。
「バイオリンだ。」近づきながら彼は言いました。
「そうよ」と,わたしは言いました。
それまで障がいのある人とちゃんと話をしたことがなかったわたしは,それ以上何を言ったらよいか分かりませんでした。彼はわたしがテーブルに着くまでついて来て,わたしの横に座り,バイオリンケースを指さして,
また「バイオリンだ」と言いました。
わたしがケースを開けると,彼の目が輝きました。彼がとても乱暴に弦をはじくので,わたしは弦が切れるのではと心配になり,ケースをそっと閉めました。彼はわたしを抱きしめ,その場を離れました。
そのことがあってから,彼の姿を度々目にしました。
彼はわたしを見つけると,必ずわたしの肩に手を回して,頭の上にキスをするのです。
その後高校に行っている間,近寄って来る彼を見るたびに,彼を避けるようになりました。わたしを見つけたときの彼の抱擁と,べとべとのキスに閉口していたわたしは,数秒は作り笑いをして我慢しましたが,その後は何も言わずにさっさとその場を離れるようにしていました。
高校での最後のオーケストラ演奏会で彼を見かけたとき,「あ,まただ」とつぶやいてしまいました。演奏会が終わり,ホールの外で友達といるところに彼がのろのろとやって来ました。
腕を広げてわたしを抱擁しようと笑顔で近づく彼に,友人たちは後ずさりしました。
「ウィリアム!」
振り向くと,一人の女性が小走りでわたしたちの方にやって来るのが見えました。
「ごめんなさいね。」その人は彼の腕を取ると,そう言いました。「ウィリアムはバイオリンが大好きなの。今晩の演奏会にどうしても連れて行ってくれって聞かなかったのよ。さ,行きましょう。」
わたしはそのときまで,彼の名前さえ知らなかったことに気づいていませんでした。初めて会ってから2年もたっていたのに,わたしはただ彼を避けるばかりで,彼についてまったく知ろうとしなかったのです。遠ざかるウィリアムと彼のお母さんを見ているうちに,恥ずかしさでいっぱいになりました。
その後何年かたってわたしは結婚し,ダウン症のかわいい男の子を生みました。わたしたちはその子をスペンサーと名付けました。息子を見ていて,ウィリアムのことを考えることが何度もありました。スペンサーも同じような経験をするのでしょうか。キスが大好きで,強く抱きしめる彼は人から疎まれるのでしょうか。障がいのある彼を友達は不快に思うのでしょうか。
スペンサーが4か月になったとき,予約があったので地元の病院に彼を連れて行きました。スペンサーを車から降ろしたとき,病院から出て来る二人の人が見えました。なんとそれは,ウィリアムと彼のお母さんでした。
「ウィリアム!」わたしは近づくと,声をかけました。胸が高鳴りました。
「やぁ!」ウィリアムは満面の笑顔で駐車場をゆっくり横切ってやって来ました。彼は手を差し出し,力強くわたしと握手しました。
「元気にしてる?」彼に尋ねました。
「バイオリンだ」と言う彼の眼は興奮してきらきら輝いていました。
バイオリン。彼もわたしのことを覚えていたのです。わたしは涙でのどを詰まらせながら,笑って言いました。「そうよ。バイオリンを弾いていたわ。」
言葉を交わしながら,わたしの心は,愛にあふれる天の御父が注いでくださった深い憐れみに対する感謝の祈りでいっぱいになりました。御父は,またウィリアムに会いたいと思っていたわたしの願いを御存じだったのです。神が,息子の健康問題とその将来のことで心配し,苦しんでいる若い母親のわたしを目に留め,神は確かにわたしたちを御存じであることを思い出す経験を与えてくださったことに感謝しています。