2016
高原の中を力強く進む
2016年9月


高原の中を力強く進む

クリストファー・ドレーク(アメリカ合衆国,カリフォルニア州)

climbing

イラスト/アレン・ガーンズ

ハイキング,サイクリング,スキーなどの野外活動は,わたしの人生で大事なことです。最近,野外運動に充てている時間が現世の生涯とよく似ていることに気づきました。わたしは一時または一時期に,ある特定の活動を通して体力と技能を磨くことに集中する傾向があります。そして,自分の選びや巡り合わせによって,あるいは誰かの勧めがあれば,別の活動に切り替えます。特定の運動でどんなに体を鍛え,自信をつけていても,新しい運動を始めると,わたしは息切れし,技能が足りず,「今まで感じたことのない」筋肉があることを思い知らされます。そして,その新しい運動に打ち込み,必要な耐久力と技能を再構築しようとするのです。

同じように,わたしたちは人生の中で特定の習慣を築くことに焦点を当てて,それに満足してしまうことがあります。すると,自分の選びや巡り合わせによって,あるいは誰かに勧められることで,快適で安楽な生活から今度はチャレンジと成長の機会をもたらす時期へと変わります。

人生のチャレンジに対処するのは難しいことです。ニーファイは次の言葉でわたしたちを励ましています。「したがって,あなたがたはこれからもキリストを確固として信じ,完全な希望の輝きを持ち,神とすべての人を愛して力強く進まなければならない。そして,キリストの言葉をよく味わいながら力強く進み,最後まで堪え忍ぶならば,見よ,御父は,『あなたがたは永遠の命を受ける』と言われる。」(2ニーファイ31:20

天の御父が偉大な幸福の計画について話されるのを聞き,いつまでも前世にとどまっていたならどんなにすばらしかっただろうと思うことが,ときどきあります。しかし,進歩するためには「教室」,すなわち地球が必要でした。わたしたちはそこで死すべき状態をじかに体験するのです。

長年にわたり,天の御父の計画が真実であり必要であることを証してきましたが,新しい機会や時折苦痛を伴う経験によってこの教えがわたしの心に刻まれてきました。わたしたちは同じテーマに何度も繰り返し触れながら,一度に少しずつ福音の真理を学んでいるように思います。ときどき「今回はどれくらいの深さまで掘っていくのだろう」と自問することがあります。あるいは,運動のように,「これ以外にどんな筋肉を鍛えていく必要があるだろう」と考えるのです。

それでもやはり,人生の季節が移り変わり,さまざまなチャレンジに遭うときに,主がわたしに必要な経験を与えてくださることを知っています。そして,力強く進んで行くときに主にさらに似た者となり,主のもとに戻ることを学ぶのです。