「1 ニーファイ16-17章:「わたしは神に頼った」『モルモン書 教師用手引き』(2024年)
「1 ニーファイ16-17章:「わたしは神に頼った」『モルモン書 教師用手引き』
1ニーファイ17-18章
わたしは神に頼った
わたしたちは皆,人生で試練と苦しみを経験します。それは自分自身の過ちの結果か,あるいは単に堕落した不完全な世界に住んでいる結果として生じます。ニーファイが約束の地への旅で経験したように,わたしたちの周りの人々が選択の自由を誤って使ったために生じる試練と苦しみもあります。イエス・キリストは,わたしたちの苦しみの源にかかわらず,主を求める者には強さと癒しを与えてくださいます。この課は,直面している状況に関係なく,あなたが主への愛と感謝を感じられるようにするものです。
学習活動案
あなたはどのように反応するだろうか
同じ状況で,時に人々が異なる反応を見せることに,あなたは気づいたことはありますか。以下のシナリオを読んで,登場人物たちが見せる反応の違いについて考えてください。
健二は視界がぼやけていたので,眼科に行きました。医者は健二がまれな病気を患っており,1年以内に完全に失明すると伝えました。
美奈子は怒った兄に突き飛ばされ,足首をケガしました。所属チームの大会に出る予定だった美奈子は,走ることができなくなりました。
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これらの困難な状況で,シナリオの登場人物が見せる様々な反応にはどのようなものがあるでしょうか。
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人々が自分の試練に対して肯定的あるいは否定的に反応する幾つかの理由は,何だと思いますか。
ニーファイの視点
モルモン書を研究してみて,ニーファイの行動と態度は,苦難のときでさえレーマンとレムエルの行動と態度と違うことにあなたは気づいたと思います。以下の聖句を研究する際は,この違いに注目してください。
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荒れ野の旅:1ニーファイ17:1-3のニーファイの話を,1ニーファイ17:20-22でレーマンとレムエルが言ったことと比較してください。
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船を造る:1ニーファイ17:8-9,15のニーファイの対応と,1ニーファイ17:17-18のレーマンとレムエルの対応を比較してください。
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ニーファイの言動と,レーマンおよびレムエルの言動を比較して,あなたはどのような考えや感想を持ちましたか。
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それぞれの人物と神との関係について,あなたは何に気づきましたか。
わたしたちはだれでも,困難な状況にうまく対応するときもあれば,うまく対応できないときもあります。難しい状況に直面したときのあなたは,通常はどちらかと言うとニーファイのように行動するか,レーマンとレムエルのように行動するかを考えてみましょう。学習を続ける中で,困難や試練に直面したときに,あなたがもっと前向きに対応できるようになるために役立つ教えを探してください。
約束の地へと出帆するリーハイと家族
ニーファイと兄たちが船を造り終えた後,主はリーハイとその家族に,約束の地に向けて出帆するよう命じられました(1ニーファイ18:1-8参照)。
1ニーファイ18:9-21を読んで,ニーファイとその家族がこの旅で経験した困難の幾つかを探してください。学びながら,ニーファイの行動や態度とレーマンおよびレムエルの行動や態度との比較を続けてください。また,ChurchofJesusChrist.orgにあるビデオ「約束の地へと出帆するリーハイと家族」のタイムコード3:13-11:31を見るのもよいでしょう。
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あなたにとって,この話の意義深いところはどのようなことですか。
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ニーファイが16節に記したことに注目してください。もし,この聖句でのニーファイの行動について,本人に幾つか質問する機会があったら,あなたは何を尋ねますか。
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ニーファイはあなたの質問にどのように答えると思いますか。
十二使徒定員会のデール・G・レンランド長老は,ニーファイが困難のときもあのように対応することができた理由の一つを説明しています。
「救い主から隔たっていたために,レーマンとレムエルはつぶやき,争いを引き起こし,不信仰に陥りました。人生は不公平であり,自分たちは神の恵みを受けて当然と感じました。それとは対照的に,神に近くあったニーファイはきっと,最も不公平な人生を送ったのはイエス・キリストであると理解していたことでしょう。まったく罪がなかったにもかかわらず,救い主は最も大きな苦しみを受けられたのです。
心の思いと志においてイエス・キリストに近くなればなるほど,その罪なき苦しみに対する理解,恵みと赦しに対する感謝の思い,悔い改めて主のようになりたいという気持ちが増します。」(デール・G・レンランド「わたしはすべての人をわたしのもとに引き寄せた」『リアホナ』2016年5月号,40)
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レンランド長老の話から学んだ真理で,あなたの試練に役立つものは何ですか。
あなたが見いだした真理の一つは,恐らく,わたしたちがイエス・キリストに近づいていれば,困難なときにもわたしたちは神への愛と感謝を感じることができる,ということでしょう。
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わたしたちがイエス・キリストに近づくほど,主への愛と感謝を感じやすくなるのはなぜだと思いますか。
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あなたが主から隔たっている場合,どうすればそのことを認識できるでしょうか。どうすれば,その隔たりを縮められるでしょうか。
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イエス・キリストにより近づくために,これまでどのようなことが助けになってきましたか。