セミナリー・インスティテュート
教義を教える


「教義を教える」『救い主の方法で教える—家庭と教会で教えるすべての人のために』

「教義を教える」『救い主の方法で教える』

3:33

教義を教える

イエスは生涯を通じて知恵と知識において成長しましたが,当時のほかの宗教指導者のように正規の教育を受けられたわけではありませんでした。それでもイエスがお教えになると,人々は驚いてこう言いました。「この人は学問をしたこともないのに,どうして律法の知識をもっているのだろう。」主の教えには,なぜそれほど力があったのでしょうか。救い主は次のように説明されました。「わたしの教はわたし自身の教ではなく,わたしをつかわされたかたの教である。」(ヨハネ7:15-16)教義とは永遠の真理です。それは聖文と末日の預言者たちの言葉の中にあり,天の御父のようになり,御父のみもとに戻る道を示しています。教師としての経験が豊富であるかどうかにかかわらず,救い主がされたように,御父の教義を教えることによって,あなたは力のある教え方をすることができます。あなたの教えと学習が神の言葉を土台としていれば,あなたもあなたが教える人々も,神が注がれる祝福に驚嘆することでしょう。

教義を教えるために

  • 教師自身が,イエス・キリストの教義を学ぶ。

  • 聖典と末日の預言者の言葉から教える。

  • 学習者が聖文の中にある真理を求め,識別し,理解することができるよう助ける。

  • 改心に導き,イエス・キリストを信じる信仰を築く助けになる真理に焦点を当てる。

  • 学習者が自分に当てはまる点をイエス・キリストの教義の中に見いだせるように助ける。

救い主は教義を学ばれた

救い主が若いころに聖文から学ばれたことは明らかで,主は「知恵が加わり,……神……から愛され」(ルカ2:52)ました。イエスが御父の教義を深く理解しておられたことは,イエスの両親がイエスを神殿で見つけたときに,まだ少年だったイエスがユダヤ人の教師たちを教え,彼らの質問に答えておられたことから明らかです(ジョセフ・スミス訳ルカ2:46参照〔「学習ヘルプ」内「ジョセフ・スミス訳付録」〕)。後に,サタンが荒れ野でイエスを激しく誘惑しますが,イエスは聖文にある教義を理解していたために,その誘惑を退けることもできました(ルカ4:3-12参照)。

あなたも,教える前に真の教義をより深く学ぶようにしてください。ほかの人に教える準備や,ほかの人と一緒に学ぶ準備をする際に,あなたが教えようとする真理について主が何と言われているか,よく調べてください。聖典と生ける預言者の言葉を調べて,説明や勧告を見つけてください。研究した真理を実行し,応用するなら,御霊がさらに深い方法であなたに教義を教え,その教義が真実だという確信を,あなたが教える人々の心に与えてくださるでしょう。

考えるための質問: 自分で福音の真理を理解することは,なぜ大切なのでしょうか。どのようにして,福音の真理をさらに深く理解するようになりましたか。聖典と生ける預言者の言葉の研究の仕方を改善するために,何を行うようにという促しを感じますか。

聖文から: 箴言7:1-32ニーファイ4:15-16教義と聖約11:2188:118

救い主は聖文から教えられた

救い主の死後,二人の弟子が悲しみと驚きの入り交じった思いを心に抱いて,話しながら歩いていました。つい先ごろ起きたばかりのことを,どのように解釈したらよいのでしょうか。自分たちの贖い主だと信じていたナザレのイエスが亡くなって,もう3日たっていました。そのうえ,主の墓は空になっており,主は生きておられると天使が宣言したという話も伝わってきているのです。二人の弟子たちにとって信仰の分かれ目となっていたこのとき,見知らぬ人が二人の旅に加わりました。その人は「聖書全体にわたり,ご自身についてしるしてある事どもを,説きあかされ」て,彼らを慰められました。やがて旅人たちは,彼らを教えているその御方がイエス・キリスト御自身であり,確かによみがえられたことに気づきました。彼らはなぜ,その御方が主であることが分かったのでしょうか。この弟子たちは後に思い返して,こう言っています。「道々お話しになったとき,また聖書を説き明してくださったとき,お互の心が内に燃えたではないか。」(ルカ24:27,32

D・トッド・クリストファーソン長老は,こう教えています。「すべての聖文の第一の目的は,わたしたちの心を父なる神と御子イエス・キリストを信じる信仰で満たすことです。」(「聖文の祝福『リアホナ』2010年5月号,34)イエスはこの世で務めを果たしておられる間,常に聖文を用いて人々を教え,正し,霊感を与えられました。教えるときには,聖典と預言者の言葉から離れることのないようにしてください。教えるときに神の言葉に忠実に頼るなら,あなたも救い主がされたことと同じことを,ほかの人のために行うことができるようになります。主を知ることができるようほかの人を助けることができます。わたしたちは皆,救い主を信じる信仰を常に強める必要があるからです。あなたが聖文を愛していることが,あなたが教える人々にとって明らかになるでしょう。あなたが教えるときには,御霊が御父と御子の証で彼らの心を燃やすでしょう。

考えるための質問:聖文を活用して救い主をよく知ることができるよう助けてくれた教師から,あなたはどのような影響を受けてきましたか。聖典と預言者の言葉にもっと頼りながら教えるために,どのようなことができるでしょうか。あなたの教える人々が神の言葉を知ってそれを愛するようになるために,どのように助けることができるでしょうか。

聖文から: ルカ4:14-21アルマ31:5ヒラマン3:29-303ニーファイ23章

救い主は人々が真理を求め,認識し,理解できるよう助けられた

かつてある律法学者が救い主にこう尋ねました。「先生,何をしたら永遠の生命が受けられましょうか。」救い主はそれに答えて,この質問をした人に,聖文を調べるようにと言われました。「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか。」こう聞かれてこの律法学者は,「主なるあなたの神を愛〔し〕,隣り人を愛せよ」と答えただけではなく,このような質問もしました。「わたしの隣り人とはだれのことですか。」救い主はこの質問に答えるため,あるたとえを語られました。被害に遭っている旅人を旅の途中で見つけた,3人の旅人のたとえです。3人のうち,足を止めて助けたのは,サマリヤ出身というだけの理由でユダヤ人から嫌われていた,サマリヤ人だけでした。その後イエスは,御自分の質問に答えるよう律法学者に求めました。「この三人のうち,だれが〔この人の〕隣り人になったと思うか。」(ルカ10:25-37参照)

救い主は質問に答えて,調べ,深く考え,見いだすように招かれました。なぜ,このような教え方をされたのだと思いますか。その答えの一つは,真理を探し求めるために努力することの価値を主が重視しておられた,ということです。救い主は,「捜せ,そうすれば,見いだすであろう」と,何度も言っておられます(例として,マタイ7:7ルカ11:9教義と聖約4:7参照)。主は,捜すという,信仰と忍耐の行いに報いてくださいます。

救い主と同じように,あなたも教える人々が真理を認め,理解できるように助けることができます。例えば,聖文には至る所に福音の真理がありますが,それを見いだすには,時として意識的な努力が必要になります。聖文から一緒に学んでいるときには,時間を取って,どのような福音の真理に気づいたか,あなたが教える人々に尋ねてください。聖文にある真理が天の御父の救いの計画とどのような関係があるか理解できるよう,彼らを助けてください。永遠の真理は聖文の中で語られていることもあれば,わたしたちが読む物語や登場人物の人生が示していることもあります。また,あなたが読んでいる聖句の意味や今の自分への応用の仕方だけでなく,歴史的背景を一緒に調べることからも,多くを得ることができます。

考えるための質問: あなたは,聖典や預言者の言葉から,永遠の真理をどのようにして見つけますか。これらの真理は,生活の中にどのような祝福をもたらしているでしょうか。自分にとって意義があり,神に近づけてくれる真理を見つけ,それを理解できるよう学習者を助ける方法には,どのようなものがあるでしょうか。

聖文から: ヨハネ5:391ニーファイ15:14教義と聖約42:12

学習する生徒たち

わたしたちは,教える人々が自分で真理を見つけ,識別することができるよう助けることができる。

救い主は改心に導き,信仰を築く真理を教えられた

ある安息日,救い主と弟子たちが畑を通っているときに,弟子たちは空腹を覚えて穀物を食べ始めました。モーセの律法の細部を強調することに常に熱心なパリサイ人たちは,穀物を採ることは厳密にはある種の仕事であり,安息日には禁じられていると言いました(マルコ2:23-24参照)。モルモン書の預言者ヤコブの言葉を使えば,パリサイ人たちは「的のかなたに目を向け」(モルモン書ヤコブ4:14)ていたのです。言い換えると,彼らは戒めに対する伝統的な解釈に注意を向けすぎて,わたしたちを神に近づける,という戒めの神聖な目的を見過ごしていました。実際,パリサイ人たちは,安息日を尊ぶという戒めを授けた御方が目の前に立っておられるということさえ,認識できませんでした。

救い主はこの機会をとらえて,御自身が神であることを証し,安息日がなぜ大切なのかを教えられました。安息日とは,安息日の主であるイエス・キリストが御自身を礼拝する日として,わたしたちのために設けられた日なのです(マルコ2:27-28参照)。そのような真理は,神の戒めが外面的な行動を促すためだけのものではない,ということを理解する助けになります。戒めの目的は,人の心を変え,さらに完全に改心できるよう助けることにあります。

焦点を当てると決めた教義と原則について,よく考えてください。聖文には採り上げることのできる真理がたくさんありますが,いちばん良いのは,改心に導き,イエス・キリストを信じる信仰を築く福音の真理に焦点を当てることです。主の贖罪,救いの計画,神を愛し隣人を愛するという戒めなど,救い主が教え,模範を示された簡潔で基本的な真理には,わたしたちの生活を変える最も大きな力があります。御霊を招いてこれらの真理について証していただき,あなたが教える人々の心に真理が深く染み入るようにしてください。

考えるための質問: あなたがイエス・キリストへの改心を深め,主を信じる信仰を強めるうえで役立った福音の真理には,どのようなものがありますか。あなたが福音の最も基本にある真理に焦点を当てられるように,これまで教師はどのように助けてくれましたか。人々がイエス・キリストにさらに深く改心するのに役立つどのような真理を,あなたは教えることができますか。

聖文から: 2ニーファイ25:263ニーファイ11:34-41教義と聖約19:31-3268:25-28133:57モーセ6:57-62

救い主は,人々が主の教義の中に,自分に当てはまることを見いだせるように助けられた

「この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている」と,パリサイ人たちはイエスにつぶやきました。これは霊の教師にふさわしい行動ではないという意味です(ルカ15:2)。イエスはこれを,彼らに深遠な霊的真理を教える機会であると見られました。イエスはこの機会をどのように利用されたでしょうか。イエスは,不純であり,癒しを必要としているのは主ではなく,彼らの心の方であることを,パリサイ人たちにどのようにして分からせたのでしょうか。イエスは,彼らが考え方や行動を変える必要があることを,御自分の教義を説いてどのように示されたでしょうか。

主は,群れから迷い出た羊や,なくした銀貨について彼らに話すことによって,それを行われました。また,赦しを求めにきた反抗的な息子と,彼を受け入れて一緒に食事をすることを拒んだ兄について話しました。これらのたとえはどれも,ほかの人たちに対するパリサイ人たちの見方に関連する真理を含んでいて,どのような人にも偉大な価値があるということを教えていました(ルカ15章参照)。救い主は,パリサイ人たちにも,わたしたちにも,たとえに登場するどの人物がだれを表すかは言われませんでした。時には,心配する父親は自分かもしれません。ねたむ兄は自分かもしれません。自分が迷い出た羊であったり,愚かな息子であったりする場合も,よくあります。しかし,自分がどのような状況に置かれていようと,たとえを通して,救い主は御自分の教えから,自分に当てはまることを見いだすよう招いておられます。主が何を学んでほしいと願っておられるかを知り,自分の考え方や行動のどこを変えるべきかを見いだすよう,主は望んでおられるのです。

学習者の中には,一部の真理が自分にとってなぜ大切なのか,理解できない人がいるかもしれません。あなたが教える人々に何が必要なのかを考えるときは,聖文に記された真理が彼らの置かれている状況でどのような意味を持ち,どのように役立つかを考えてください。見いだした真理が自分にどのように当てはまるのかを学習者に理解してもらうには,例えば次のような質問をしてみるとよいでしょう。「これはあなたが今経験していることに,どう役立ちますか。」「これを知ることは,あなたにとってなぜ大切ですか。」「この真理を知ると,あなたの生活はどう変わりますか。」あなたが教える人々の声に耳を傾けてください。自由に質問してもらってください。救い主の教えを自分自身の生活に結びつけて考えてもらうようにしてください。また,教えていることの中で自分に当てはまるのはどのようなことか,教師が伝えてもよいでしょう。このようにすることで御霊を招き,教義が生活をどのように変えるかを,学習者一人一人に教えてくださいます。

考えるための質問:福音の真理はなぜ,あなたにとって意味のある有益なものなのでしょうか。あなたが福音を研究するとき,自分に当てはまる点を見いだすのに役立つものには,どのようなものがありますか。あなたが教える人々に関係のある真理に焦点を絞って教えるために,あなたはどのようなことをしていますか。

聖文から:1ニーファイ19:232ニーファイ32:3教義と聖約43:7-9

学んでいることを応用するアイデア

  • あなたが真の教義を教えていることを確認するために,自分が教えていることを評価する。次のような質問が役立つでしょう:

    • わたしが教えようとしている事柄は,聖典と末日の預言者の言葉に基づいているだろうか。

    • 複数の預言者が,これを教えているだろうか。それについて,現在の教会指導者はどのようなことを教えているだろうか。

    • これはほかの人々がイエス・キリストを信じる信仰を築き,悔い改め,聖約の道を歩んで成長するうえで,どのように役立つだろうか。

    • これは聖霊の促しと一致しているだろうか,それとも,それについて霊的な不安を感じているだろうか。

  • 神の言葉を毎日研究し,自分自身で真の教義を学ぶ。

  • 教えるときには,聖典と現代の預言者の言葉を読むよう,学習者に伝える。

  • 聖文を教えるときに,脚注や「聖句ガイド」,そのほかのリソースの使い方を,学習者に教える。

  • 聖文や物語の中から真理を見つけるよう,学習者に招く。

  • 教義が真実であることがどのようにして分かったか,証を述べる。

  • 物語や比喩を活用して,福音の真理がよく理解できるよう,学習者を助ける。