第31章
正直
正直は救いの原則である
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すべての人が完全に正直であったなら,社会はどうなるでしょうか。
信仰箇条第13条に,「わたしたちは,正直〔である〕べきこと……を信じる」とうたわれています。またモルモン書の中にはある民についての記述があり,彼らは「神と人々に貢献する熱心さでも
救われるためには完全に正直になることが必要です。ブリガム・ヤング大管長はこのように述べています。「わたしたちは示された条件とともに救いを受け入れるのであれば,あらゆる思い,内省,熟考において,個人的な交わりにおいて,取り引きにおいて,宣言において,生活上のあらゆる事柄において,……正直でなければなりません。」(『歴代大管長の教え-ブリガム・ヤング』320)
神はすべてにおいて正直かつ公正であられます(アルマ7:20参照)。わたしたちも,神のようになるためにはすべてにおいて正直でなければなりません。ヤレドの兄弟は次のように
正直な人は真理と正義を愛し,言葉と行いにおいて誠実です。偽ったり,盗んだり,だましたりしません。
偽りは不正直である
偽りとは故意に相手をだますことです。正しくない証言も偽りの一種です。主はイスラエルの民に次の戒めを与えられました。「あなたは隣人について,偽証してはならない。」(出エジプト20:1616)イエスは地上におられたときにも同じ戒めを教えられました(マタイ19:18参照)。偽る方法はほかにもたくさんあります。真実でないことを話せば,偽証の罪を犯すことになります。身ぶりや表情や沈黙により,あるいは真実の一部のみを話すことにより故意に人を欺くこともあり得ます。いかなる方法でも,真実でないことを信じさせようとするなら,それは正直ではありません。
主はそのような不正直を喜ばれず,わたしたちは自身の偽りについて申し開きをしなければなりません。サタンは人々に,偽りを言うことは正しいと信じ込ませるでしょう。サタンは次のように語りかけます。「だから,少しばかり偽りを言い……なさい。これは少しも悪いことではない。」(2ニーファイ28:8)サタンはわたしたちに自分の偽りを正当化するように勧めます。しかし,正直な人はサタンの誘惑に気づき,偽りのない真実を語ります。たとえ自分にとって不利になると思われる場合でも,そうするのです。
盗みは不正直である
イエスは「盗むな」と教えられました(マタイ19:18)。盗みとは自分の所有物でないものを奪うことです。ほかの人や商店,団体などの所有物を許可なく持ち去ることや,雇用主から商品や備品を奪うことは盗みです。音楽や映画,写真や絵画,文章を著作権所有者の許可を得ずにコピーすることは不正直であり,盗みの一形態です。また,必要以上の釣り銭や品物を受け取れば不正直であり,自分の取り分以上のものを取れば盗みとなります。
だますことは不正直である
負債を完全に返さなかったり,功績がないのに何かを得たりするのはだますことです。労働時間をごまかして賃金を全額得る従業員は,雇用主をだましています。逆に,従業員に対して公正でない雇用主もいて,本来支払うべき賃金を支払わない場合もあります。サタンは次のように言います。「人の言葉に付け込んで欺き,隣人を陥れる穴を堀りなさい。」(2ニーファイ28:8)不正な利益を得ることは不正直の一形態であり,いいかげんな仕事や商品を売り込むことは
不正直な行いを弁解してはならない
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不正直を弁解すると,霊性はどうなるでしょうか。
不正直な行いをすると,人は様々な弁解をします。自分を守るため,また人からよく思われたいためにうそをつきます。盗みを働いた人が,品物を手に入れる資格があった,返すつもりだった,あるいは持ち主よりも必要としていた,などと言って弁解します。またある人は,学校で良い成績を取りたかったから,「皆がしている」から,あるいは仕返しするためにという理由で不正を働き人目を欺いています。
こうした数々の弁解は,不正直を理由づけようとするものです。しかし主は,いかなる弁解も受け入れられません。言い訳をするとき,わたしたちは自分自身を欺き,神の
完全に正直になることができる
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完全に正直になるとはどういう意味でしょうか。
完全に正直になるために,自らの生活を注意深く見詰めなければなりません。もしほんの少しでも不正直なところがあれば,直ちに悔い改める必要があります。
完全に正直であるならば,道を誤ることはあり得ません。たとえ財産や友人,さらに命を失うことがあっても,あらゆる信頼,義務,約束,あるいは聖約に対して誠実になるのです。そのようにすれば,主や自分自身,またどんな人にも何ら恥じることなく顔向けができます。ジョセフ・F・スミス大管長は次のように勧告しています。「最も厳密な検査に耐えられる人格を持てるように,その生涯が開かれた本として読まれてもよいように,恐れることも恥じることもないように,皆が生活しようではないか。」(Gospel Doctrine,第5版〔1939年〕,252)
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正直であること,あるいは不正直であることによって,自分自身について感じる気持ちにどのような違いが生じてくるでしょうか。
参照聖句
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教義と聖約50:17(真理の御霊によってのみ語る)
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教義と聖約76:103-6(偽りを言う者の行く末)
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教義と聖約42:27(隣人の悪口を言ってはならないという戒め)
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出エジプト20:15-16(盗んではならない,偽証してはならないという戒め)
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教義と聖約42:20,84-85;59:6(盗んではならない)
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教義と聖約3:2(神は正直であられる)
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教義と聖約10:25-28(サタンは欺く)