「第19課 クラス準備資料:死者の贖い」回復の礎 教師用資料
「第19課 クラス準備資料」回復の礎 教師用資料
第19課 クラス準備資料
死者の贖い
あなた一人ではできないことをだれかがあなたのためにしてくれたときのことを考えてください。その人に対してどのような気持ちになりましたか。亡くなった親族が自分ではできないこと,つまり,救いに不可欠な儀式をあなたがしてあげると,その親族がどのような気持ちになるかを考えながら,学習しましょう。
セクション 1
福音を知らないまま死ぬと,人はどうなるか
ジョセフ・スミスが17歳のとき,敬愛していた兄アルビンが突然亡くなり,ジョセフは悲しみに打ちひしがれました。スミス家は「ニューヨーク州パルマイラの長老派の牧師に葬儀の司式を依頼した。アルビンはその牧師の信徒ではなかったため,牧師は説教の中で,アルビンは救いを得ることができないと断言した。ジョセフの弟ウィリアム・スミスは,次のように回想している。『〔牧師は〕……〔アルビン〕は地獄に行ったと,とても強い調子で言いました。』」これは,アルビンがバプテスマを受けていなかったからです(『歴代大管長の教え―ジョセフ・スミス』401)。
アルビンの死に対する牧師の反応は,辛辣に聞こえるかもしれません。しかし,この牧師の教えは,すべての人は救いを得るためにキリストを受け入れ,バプテスマを受けなければならないという真理に基づいていたのです(ヨハネ3:5参照)。
アルビンの死から12年以上がたった1836年1月,完成間近のカートランド神殿の階上の部屋に,預言者ジョセフ・スミス,彼の父親,他の教会指導者が集まりました。この集会の間に,預言者は現在教義と聖約137章として知られる未来に関する示現を見ました。
バプテスマを受けていない兄アルビンを日の栄えの王国で見たとき,ジョセフは「不思議に思」いました。その4年後の1840年8月,預言者は死者のためのバプテスマの教義について教え始めました。主が現代にこの教義を回復される前に,使徒パウロはこの教義を新約聖書で教えています(1コリント15:29参照)。
バイレート・キンボールは,この新たに回復された教義に聖徒たちが感動したことを,夫への書簡に書いています。
スミス大管長は,聞いたことのない輝かしいテーマについて話し始めました。この福音が世に出る前に亡くなったすべての先祖のためにバプテスマを受けることは,この教会の特権であると言うのです。……そうすることによってわたしたちは先祖の身代わりとして働く者となり,第一の復活のときに出て来る特権を先祖に与えるのです。死者は獄の中で福音を聞くことになると言うのです。……ここでこの様式が宣べ伝えられてからというもの,死者のためのバプテスマによるさざ波が絶えず水を揺るがせています。大会の間,時には8人から10人の長老たちが同時に川でバプテスマを施しました。…何とも輝かしい教義ではありませんか。(Vilate Kimball, in Janiece Johnson and Jennifer Reeder, The Witness of Women: Firsthand Experiences and Testimonies from the Restoration』[2016年],181 [2016], 181)
ハイラムが兄アルビンの身代わりとなってバプテスマを受けたとき,スミス一家は,言うまでもなく,大きな喜びを感じました。
翌1841年,主は「この儀式はわたしの家に属するものである」と言い,神殿のフォントが完成したら,聖徒たちは川で死者にバプテスマを施すことをやめなければならないと宣言されました(教義と聖約124:29-34参照)。ジョセフ・スミスは,無実の罪で訴えられていたために姿をくらましていた時期に聖徒たちへ2通の書簡を送り,死者の贖いについてさらなる指示を与えました。現在,これらの書簡の内容は教義と聖約127章と128章に収められています。預言者は,死者のためのバプテスマなどの福音の儀式が神権によって執行され,適切な記録が残される場合のみ,儀式は地上でも天でも有効となると教えています(教義と聖約127:5-7,128:1-9参照)。
セクション 2
主はジョセフ・F・スミス大管長に与えた示現の中で,死者の贖いについて新たにどのようなことを啓示されたか
預言者ジョセフ・スミスの死後,主は引き続き,死者を贖う計画に関する真理を「教えに教え」を加えて啓示されました(教義と聖約98:12)。1918年,ジョセフ・F・スミス大管長は死者の贖いについて新たな真理を明らかにする示現を受けました。この啓示は教義と聖約138章に記録されています。
十二使徒定員会のM・ラッセル・バラード会長は,ジョセフ・F・スミス大管長がこのすばらしい示現を受けるに至った経緯を,次のように説明しています。
スミス大管長は生涯で,〔5歳のときに〕父親,〔13歳のときに〕母親を亡くし,1人の兄弟,2人の姉妹,2人の妻,そして13人の子供の死に遭遇しました。愛する人を失うことやその悲しみをよく知っていました。…
〔1918年〕は,大管長にとって特につらい年でした。第一次世界大戦の犠牲者が増え続けて2千万人を超えたことを深く悲しんでいました。さらに,インフルエンザが世界中で大流行して,1億人もの命が奪われました。
その年にスミス大管長も,3人の大切な家族を失いました。彼の長男でわたしの祖父でもある,十二使徒定員会のハイラム・マック・スミス長老は,虫垂破裂で突然亡くなりました。
スミス大管長はこう書いています。「悲しみのあまり,言葉にならない。心は張り裂け,生きる気力もない。……ああ,愛する息子……。……わたしは息子を授けてくださったことを心の底から神に感謝している。しかし,……ああ,わたしにはあの子が必要だった。だれもが必要としていた。教会にとってとても役立つ存在だった。……そして今……ああ,どうすればいいのか!……ああ,神よ,わたしを助けたまえ。」……
こうして1918年10月3日,世界中で戦争や病気により犠牲になった数百万人のことや,亡くなった自分の家族のことで,深い悲しみを経験したスミス大管長は,「死者の贖いに関する示現」として知られる天からの啓示を受けたのです。(M・ラッセル・バラード「死者の贖いに関する示現」『リアホナ』2018年11月号,72)
ジョセフ・F・スミスは,救い主の贖いの犠牲について深く考えながら,十字架上で亡くなられた後のイエスの霊界における務めに関する使徒ペテロの記述を読んでいるときに,聖なる示現を受けました(教義と聖約138:1-11参照)。
別の機会に,スミス大管長は,信心深い女性も霊界で福音を宣べ伝えるために召されると教えました(seeGospel Doctrine,5th ed. [1939], 461)。
セクション 3
死者を贖う業に携わることは,救い主に近づくためにどのような助けとなるか
十二使徒定員会のD・トッド・クリストファーソン長老は次のように教えています。
ゴードン・B・ヒンクレー大管長は,次のように述べています。「死者のための身代わりの働きは,わたしが知るほかのいかなる働きよりも,救い主御自身の身代わりの犠牲に近いものであると思います。…」〔「ゴードン・B・ヒンクレー大管長の教えと勧告」『聖徒の道』1998年8月,16-17〕
……死者の贖いに注ぐわたしたちの熱意,その決意のために注ぐ時間と経費は,とりもなおさず,イエス・キリストに対するわたしたちの証の表明なのです。それは主の聖なる属性と使命に関する最も力強い声明となっています。……
わたしたちはイエス・キリストの贖罪の力が際限なく及ぶことを,先祖を探し出し,彼らが自分では行えない救いの儀式を執行することによって証しています。(D・トッド・クリストファーソン「死者の贖いと,イエスへの証」『リアホナ』2000年11月号,10-11)