「第4課 クラス準備資料:啓示の教義」『回復の礎 教師用資料』
「第4課 クラス準備資料」『回復の礎 教師用資料』
第4課 クラス準備資料
啓示の教義
ラッセル・M・ネルソン大管長による次の預言者の勧告について深く考えてみましょう。「導き,指示し,慰める,変わることのない聖霊の影響力がなければ,これから先,霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。…啓示を受ける霊的な能力を伸ばすように,切にお願いします」(「教会のための啓示,わたしたちの人生のための啓示」『リアホナ』2018年5月号,96)
この資料を研究する際,啓示を受けて認識する霊的な能力を高めるのに役立つ真理を見つけてください。
セクション 1
神がわたしに語りかけられていることを,どのように認識できるだろうか
1828年から29年にかけての冬,22歳の学校教師オリバー・カウドリは,ニューヨーク州パルマイラでジョセフの両親のもとに下宿し,預言者ジョセフ・スミスと金版について知ることとなりました。オリバーは聞いたことが真実かどうかを知るために一人で祈り,平安による確証を得ました。彼はペンシルベニア州ハーモニーに旅行し,そこで預言者に会いました。ジョセフは回復された福音について話し,彼のメッセージが真実であると確信したオリバーは,モルモン書を翻訳する際のジョセフの筆記者となりました。オリバーが翻訳を手伝い始めて間もなく,預言者は啓示を受けました。それはオリバーに指示を与え,翻訳を手伝うという彼の願望にこたえるものでした。教義と聖約6:14-15,22-23に書かれた主からオリバーへの言葉を読むと,主がわたしたちに語られる方法についてよりよく理解することができます。
ジョセフがこの啓示を受けたとき,「オリバーは驚きました。そして,自分が〔以前〕祈り,神から証を受けていたことを直ちにジョセフに告げたのです。神を除いてそれを知る者はいないので〔す〕。」(『聖徒たち—末日におけるイエス・キリスト教会の物語』第1巻『真理の旗 1815-1846年』62)
オリバーが版の一部を翻訳したいと考えたとき,主は啓示を受けることについてさらに教えられたのです。
十二使徒定員会のリチャード・G・スコット長老は,主が聖霊の力を通して,どのようにわたしたちの思いと心の両方に御心を伝えられるかについて,考えられる方法を一つ説明しています。
心に告げられる事柄は,もっと大まかな印象として与えられます。主はしばしば,印象を与えることから始められます。人がその大切さに気づき,それに従うとき,より詳しい教えを思いに受けるさらなる能力を得ます。(リチャード・G・スコット「人々が御霊に導かれるよう助ける」[CES大会での宗教教育者への説教,1998年8月11日,4],ChurchofJesusChrist.org)
七十人のクレーグ・C・クリステンセン長老もこのように教えています。
気づかないこともあるかもしれませんが,わたしたちは皆,聖霊との交わりを経験しています。霊感による思いが心に浮かぶとき,わたしたちはそれが真実であることを,心の中にもたらされる霊的な気持ちによって知ります。(クレーグ・C・クリステンセン「神からの言い尽くせない賜物」『リアホナ』2012年11月号,14)
考えや気持ちがほんとうに神から遣わされたものなのか疑問に思うこともあるかもしれません。ビデオ“Patterns of Light, Part 2: Discerning Light(「光のパターン2—光を識別する」)”(2分12秒)の中で,十二使徒定員会のデビッド・A・ベドナー長老は,聖霊と私たち自身の考えの違いをどのように識別するかについて述べています。
セクション 2
啓示の霊を生活に招くにはどうすればよいか
ときとして,求める啓示が現れないように思われ,失望を感じることがあるかもしれません。このようなときは,オリバー・カウドリに与えられた主の指示を思い出すとよいでしょう。彼は,版を翻訳するのに必要な啓示を受けることができずに失望を感じていたとき,主からの指示を受けたのです。(『聖徒たち』第1巻,62-64参照)。
大管長会のダリン・H・オークス管長は,オリバー・カウドリに対する主の教えから学べる原則について説明しています。
わたしたちは自分にできるすべてを行ったとき,つまり,木陰に座ってまず何から手を付けたらよいかを祈り求めるのでなく,灼熱の太陽のもとで働いているときに,御霊の促しを受けるのです。……
ですから,自分にできるすべてを行うのです。その後に,主が啓示を与えてくださるのを待ちます。主は御自分の時刻表をお持ちです。
…御霊による教えを受けるとは,決して受け身の行為ではないことも分かります。心の中で状況を思い巡らせた後に主との交わりが実現する場合が往々にしてあります。その後に確認を受けるのです。(ダリン・H・オークス「主御自身の時に,主御自身の方法に従って」『リアホナ』2013年8月号,26,28)
あなたがふさわしさと忠実な行動を通して啓示を受ける準備をしていても,主の答えはすぐには来かないかもしれません。
スコット長老は次のように勧告しています。
入念に準備し,熱心に祈り,答えを受けるのに妥当なだけの間待ったのに,それでも答えを感じられない場合,皆さんはどうしますか。そのような場合,それは御父の信頼の証であるため,感謝した方がよいかもしれません。ふさわしい生活を送っており,その選択が救い主の教えと一致していて,そして行動を起こさなければならないのであれば,信頼を胸に前進してください。……皆さんが義にかなった生活を送っていて,神を信頼して行動しているならば,間違った決定をしている場合,神は警告的な気持ちを与えないまま,皆さんが進みすぎてしまうのを黙って見ているようなことはされません。(リチャード・G・スコット「祈りという天与の賜物を用いる」『リアホナ』2007年5月号,10)
セクション 3
通常,啓示はどのようにもたらされるか
ビデオ光のパターン—啓示の霊」(3分04秒)を視聴するか,ベドナー長老の以下の文を研究してください。
ある啓示は即座に,強烈な方法で受けます。 ほかの啓示は少しずつ,わずかに認識されます。…
暗い部屋で照明をつけることは神のメッセージを素早く,完全に,一度に受けることに似ています。わたしたちの多くは,神の御心と時に応じて,心からの祈りがこたえられたり,必要な導きや守りを受けたりして,この啓示のパターンを経験したことがあります。…しかしこのようなパターンの啓示は一般的ではなく,むしろ珍しいことなのです。
日の出のときに少しずつ光が増していく様子は,「教えに教え,訓戒に訓戒を加えて」神からメッセージを受けることと似ています(2ニーファイ28:30)。ほとんどの場合,啓示は時間をかけて少しずつもたらされ,わたしたちの望み,ふさわしさ,準備の度合いに応じて与えられます。…このようなパターンの啓示は珍しいことではなく,むしろ一般的で……す。
光に関するもう一つのありふれた経験から,「教えに教え,訓戒に訓戒を加える」という啓示のパターンについて別の真理が学べます。時々,朝太陽が昇るときに空が曇っていたり,霧に覆われたりしているときがあります。薄暗いために光が見にくく,太陽が地平線から昇るまさにその瞬間を確認できません。しかし,そのような朝でも,新しい日が始まったことを認識したり,用事を済ませたりするための光は十分あります。
同様に,啓示をいつどのように受けたか正確に認識しないで啓示を受けることがよくあります。(デビッド・A・ベドナー「啓示の霊」『リアホナ』2011年5月号,88-89)