「第21課 クラス用準備資料—愛をもって子供を育てる」『永遠の家族 教師用資料』
「第21課 クラス用準備資料」『永遠の家族 教師用資料』
第21課 クラス用準備資料
愛をもって子供を育てる
親であることは楽ではありません。しかし,独りではありません。七十人の一員として奉仕していたとき,ブラッドリー・D・フォスター長老は次のように教えています。「天の御父はわたしたちに……成功するよう望んでおられます。何といっても,子供はわたしたちの子供である以前に,実際御父の子供だからです。」(「早すぎることも遅すぎることも決してありません」『リアホナ』2015年11月号,51)本課を研究する際,あなたの現在の子供または将来の子供の育て方について,天の御父の模範にどのように従うことができるか考えてください。
セクション1
どのように愛をもって子供を育てることができるでしょうか。
末日の預言者は次のように述べています。「両親には,愛…をもって子供たちを育て〔る〕…という神聖な義務があります。」(「家族—世界への宣言」,ChurchofJesusChrist.org)当時大管長会であったディーター・F・ウークトドルフ管長は両親がこの責任を果たすことのできる一つの方法を提案しています:
家族関係に置いて,「愛」とは実は「時間」なのです。お互いのために時間を取ることが,家庭に和を生み出すための鍵です。(「最も大切な事柄について」『リアホナ』2010年11月号,21参照)
親と子供は様々な方法でともに有意義な時間を過ごすことができます。中央若い女性会長会で奉仕していたとき,スーザン・W・タナー会長は次のように教えています:
愛に満ちた関係を築くには絶え間なく常に話し合い,遊び,笑い,働く時間が必要〔なのです。〕わたしも,両親と子供たちは,お互いの日常的な普通の経験を共にする必要があると信じています。(「わたしはあなたに話したでしょうか……」『リアホナ』2003年5月号,74-75)
たとえ親が自分で行うほうがより簡単な仕事であったとしても,「ともに働く時間」は,親と子供がともに話せるすばらしい機会となります。また,ともに働くことは,親が子供に労働の価値と,怠惰を避けることの大切さを教えるうえで助けとなるでしょう(教義と聖約68:31参照)。
ウークトドルフ管長は,両親が子供とともに時間を過ごすことのできる,ほかの方法について述べています:
〔家庭の中で〕「いかなる成功も家庭の失敗を償うことはできない」〔J. E. McCulloch, Home: The Savior of Civilization(1924), 42〕ので,家族を優先順位の高い位置に置かなければなりません。家族で一緒に夕食を取る,家庭の夕べを開く,ただ一緒にいて楽しく過ごすなど,簡単なことを一緒に行うことによって,わたしたちは深く,愛にあふれる家族関係を築くことができます。(「最も大切な事柄について」21)
ウークトドルフ管長が述べているように,健全な娯楽活動も家族関係を上手くいかせるうえで貢献してくれるでしょう(「家族—世界への宣言」も参照)。このような経験は「学校やほかのどんな場所で出会う友達よりも,家族に対して強い帰属意識を子供たちが持てるよう〔な意義深い家族のきずな〕」を形成するうえで役立つでしょう。(「永続するものこそ最も大切なものである」『リアホナ』2005年11月号,43)
大管長会のダリン・H・オークス管長は,親が子供と行う活動を選ぶうえで指針となる原則を教えています:
時間をどう過ごすか選択するうえで,単に良いことのために利用できる時間を使い切ってしまい,より良いことや最も良いことを行う時間がなくならないように気をつけなくてはなりません。ある友人が夏の間,まだ子供たちが幼い自分の家族を,史跡巡りを含めたいろいろな旅行に連れて行きました。友人は夏の終わりに,これらの良い夏の活動の中でどれがいちばん楽しかったか10代の息子に尋ねました。父親はその息子の答えから学び,その話を聞いたわたしたちも皆学びました。息子はこう答えたのです。「この夏でいちばん楽しかったことは,お父さんと一緒に芝生の上に寝転んで,星を見ながら話をしたことだよ。」豪華な家族の活動は子供たちにとって良いことではありますが,愛に満ちた親と一対一で接する時間よりも良いものとは限りません。(「良いこと,より良いこと,最も良いこと」『リアホナ』2007年11月号,105)
セクション2
愛のある方法で,わたしはどのように子供をしつけることができるでしょうか。
子育てにおいて難しいことの一つは,子供のしつけだと言えます。この分野に関して,わたしたちは,愛をもってしつける方法を模範で示してくださった主から学ぶことができます。例えば,初期の教会員がカートランド神殿の建設を遅らせたとき,主は彼らを懲らしめられました。(注:「懲らしめる」とは,「しつける」や「正す」という意味です。)
タナー会長の次の勧告は,両親がキリストのような方法で子供をしつけるうえでどのように役立つか考えてください:
しつけ,その意味は「教えること」ですが,批判と混同されることがあります。子供たちは,どんな年齢の人も同様ですが,あら探しよりも,愛と励ましによって行動を改めるのです。(「わたしはあなたに話したでしょうか……」74)
十二使徒定員会のD・トッド・クリストファーソン長老はしつけをする方法において注意深くあるように親に勧告しています。(注:クリストファーソン長老は父親に向けて話をしていますが,その勧告は母親にも当てはまります。)
しつける際に,父親は虐待に近いいかなる行為をもしないように特別な注意を払わなければなりません。虐待は決して正当化されません。子供を正すとき,その動機は愛であり,聖なる御霊の導きを受ける必要があります。
「聖霊に感じたときは,そのときに厳しく責めなさい。そしてその後,あなたの責めた人があなたを敵視しないために,その人にいっそうの愛を示しなさい。
それは,あなたの誠実が死の縄目よりも強いことを,その人が知るためである。」〔教義と聖約121:43-44〕
御心にかなう方式のしつけは,罰を与えるのではなく,自制できるように愛する者を助けることなのです。(「父親」『リアホナ』2016年5月号,95)
子供が間違った行いから学び,正すのを助けるうえで,親は行いに対する理にかなった結果を設定するべきです。親は,自分たちの文化や家族では許容されるかもしれないが主の教えとは一致しないしつけの仕方を継続しないように気をつけなければなりません。
ラッセル・M・ネルソン大管長は次の勧告を加えています:
子供を正す必要があるときは,こう自問してください。「子供により良い道を選択するよう促すために,わたしは何を言い,何をすることができるだろう。」正す必要があるときは,静かに,一対一で,愛をもって行い,人前ではしないことです。しかる必要があるときは,敵意の種が残らないように,しかった後,すぐによりいっそうの愛を示してください。説得するには,心からの愛を示し,神聖な教義や正しい原則に基づいて教えなければなりません。(「救いと昇栄」『リアホナ』2008年5月号,9)
セクション3
わたしはどのように子供に,愛し合い,仕え合うように教えることができるでしょうか。
現代の教会の指導者は次のように改めて明言しています。「両親には,…子供たち〔に〕…互いに愛し合い仕え合〔う〕…ように教えるという神聖な義務があります。」(「家族—世界への宣言」)中央若い女性会長会で奉仕していたとき,ボニー・L・オスカーソン会長は家族を愛し仕えることについて次の勧告を与えています:
まずは,自分の家で,家族の中で奉仕を始めましょう。家族とのつながりは,永遠のものです。たとえ家族の状況が整っていなくても,いえ,だからこそ,家族の中で仕え,高め,強める方法を見いだすことができるのです。今いる場所から始め,ありのままの家族を愛し,将来持ちたいと望んでいる自分の家族のために備えましょう。(「目の前の必要」『リアホナ』2017年11月号,27)
サタンは,家族の一員が家庭で愛と奉仕を経験するのを妨げようとします。そのためにサタンが行う一つの方法は,争いを搔き立てることです。