第34課
信仰込めて一歩ずつ
目的
ソルトレーク盆地を目指した開拓者の旅がどのように,天父のもとへ戻るわたしたちの旅にたとえられるか理解し,開拓者がささげた犠牲に感謝できるようにする。
準備
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以下の聖句とその他の資料を祈りの気持ちで研究する。
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『わたしたちの受け継ぎ』71-77ページ
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『生徒用学習ガイド』(35686 300)の34課の資料に目を通し,レッスンで学習ガイドを参照する方法を計画する。
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生徒に『わたしたちの受け継ぎ』から以下の項の概要を発表する準備をしてくるように依頼する。
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「ウィンタークォーターズ」(71-72ページ)。
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「ブルックリン号の聖徒たち」(74-75ページ)。
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「集合は続く」(75-76ページ)
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「まさにこの地である」(76-77ページ)。
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以下の絵を入手できる場合は,レッスンで利用できるように準備しておく。「荒れ野を渡るメアリー・フィールディング・スミスとジョセフ・F・スミス」(『福音の視覚資料セット』412);「サンフランシスコ湾に船で到着した開拓者たち」(『福音の視覚資料セット』421)。
レッスンの展開
結び
永遠の命を目指すわたしたちの旅は多くの点で,アメリカ大陸を横断した開拓者の旅に似通っていることを強調する。開拓者は個人的な事柄を犠牲にして,また過酷な条件の下で大平原を横断した。彼らが発揮した大いなる信仰,勇気,忍耐はわたしたちの従うべき模範となっている。
現在,地上における神の王国の歴史を作るのはわたしたちであることを説明する。開拓者が基礎を築いてくれたので,わたしたちは今,業を完成させる務めを負っているのである。ジェームズ・E・ファウスト管長が証しているように,「未来へ向け信仰を込めて一歩ずつ歩むことによって,この教会の栄えある行く末に関する預言者のビジョンを実現することができます。」(「未来の開拓者-恐れることはない。ただ信じなさい」『聖徒の道』1998年1月号,49)
M・ラッセル・バラード長老はこう述べている。「わたしたちは膨大な遺産を受け継いでいます。そして今,回復という現在も続くドラマの一翼を担うのはわたしたちの特権であり責任です。そして偉大な英雄的物語がこの時代にもつづられています。立ちはだかる障害を克服するにはすべての力と知恵と精力を注ぎ込む必要があります。しかしそれでも十分ではありません。先祖の開拓者がそうであったように,わたしたちも次のような事実を知るようになるでしょう。すなわち信仰,それも真実の信仰,全身全霊を傾け,試練によって練り上げられた信仰によってのみ,わたしたちは危険に満ちた人生の小道を歩く自信と安全を見いだせるのです。」(「旅について何も恐れる必要はない」『聖徒の道』1997年7月号,70)
開拓者が旅の準備のために教義と聖約136章で勧告された事柄の多くは,わたしたちの旅にも当てはめられることについて証する。開拓者が残してくれた信仰の遺産を受け継いでいくことによって彼らへの感謝を表すよう生徒を励ます。
教えるためのそのほかのアイデア
以下の資料はレッスンの概要を補足するためのものである。この中のどちらか,あるいは両方をレッスンに取り入れてもよい。
1.開拓者がささげた犠牲
ジョセフ・スミスは多くの聖徒が生きてロッキー山間地方に到着し偉大な民になることを預言したほかに,開拓者が苦しみを受けることについても予告した。預言者は一部の人々が「迫害者によって殺される者があり,厳しい気候や病気のために命を落とす者もあるであろう」と述べた(Teachings of the Prophet Joseph Smith,255)。
十二使徒定員会で働いていた時代にトーマス・S・モンソン大管長が語った以下の話を紹介する。
「……モルモンの開拓者の中には,病気,厳しい風雨,飢えに苦しみ,命を落とした人々が数多くいます。家畜も大きな幌馬車もなく,文字どおり手車を引きながら,大平原や山を越え,2,000キロに及ぶ旅をした人もいました。彼らのうち,6人に1人は旅半ばにして倒れています。
そして彼らの中にはノーブー,カートランド,ファーウェスト,ニューヨーク州などよりもはるかに遠くの地,イギリス,スコットランド,スカンジナビア,ドイツなどから旅をして来た人々が数多くいました。……安らかな生活があった故郷と約束の地シオンの間には,大西洋の荒波が待ち構えていました。この危険な旅の間に彼らが味わった恐怖は,はたしてどれほどのものだったでしょうか。彼らは御霊の静かなささやきに促され,素朴ながらも堅固な信仰を支えとし,神を信頼して船出をしました。
わたしの曾祖父母も小さな子供たちを引き連れ,わずかな持ち物を携えて,人がひしめき合う木造船に乗り込みました。大西洋の波は高く,すし詰めの船室に閉じ込められた状態で,長い航海が続きました。メアリーという病弱な女の子がいました。彼女の母親は,長い旅の疲れでどんどん弱っていく娘をいたたまれない思いで見守っていました。メアリーはやがて重い病気にかかってしまいました……。両親は毎日毎日,海のかなたに目をやりましたが,陸の影は一向に見えてきません。……終わりの時が近づいてきました。そして,メアリーは安らかにこの世を去っていったのです。
家族や友人が大勢甲板に参列し,船長の司式によって葬儀が行われました。帆布に丁寧に包まれたメアリーの小さな遺骸が荒れ狂う海の中に沈んでいきました。メアリーの父親は自分自身も悲しみに声を詰まらせながら,妻を慰め,何度も『主が与え,主が取られたのだ。主の御名はほむべきかな。しかし,わたしたちはいつの日かメアリーに再び会うことができる!』と繰り返しました。」(「わたしに従ってきなさい」『聖徒の道』1988年11月号,2-3)
2.「信仰を込めて一歩ずつ」ビデオ・プレゼンテーション
ビデオカセット『教義と聖約および教会歴史からの教え』(53933 300)を利用できるならば,「信仰を込めて一歩ずつ」(16分)を見せるとよい。