第10課
アブラハムとロト
目 的
人々に愛を示したいという望みを子供たち一人一人に持たせる。
準 備
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祈りをもって以下の聖句を研究する。
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創世13:1-18——アブラハムとロトは土地を分けた。
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創世14:8-16——ロトは捕らわれたが,アブラハムによって助け出された。
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創世18:16-33——アブラハムはソドムとゴモラに住む義にかなった者たちを助けてくださるよう主に願った。
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創世19:1,12-17,24-29——天使がソドムに住むロトを訪れた。ロトの家族は滅亡を免れた。
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その他の参考箇所
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創世11:27-32——アブラハムとロトの家族関係。
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アブラハム2:1-6,14-15——アブラハムとロトの家族はウルを出るように命じられた。
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レッスンを検討し,聖文の物語を子供たちにどう教えるかを決める(本書「レッスンの準備」ⅵ—ⅶ,「聖文に基づいて教える」ⅶ—ⅷ参照)。子供たちを参加させ,レッスンの目的を達成するのに最も役立つ「話し合いと応用のための質問」と「レッスンを豊かにする活動」を選ぶ。
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教材
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『聖書』人数分
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模造紙と鉛筆
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レッスン
一人の子供に開会の祈りをさせる。
レッスンを豊かにする活動
以下の活動を,レッスンのどの部分でも,また幾つでも使うことができる。復習やまとめ,チャレンジに利用してもよい。
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以下の実際にあった話を自分の言葉で話す。
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ほかのワードの初等協会を訪問する——
ブラック兄弟は息子たちと旅行中にあるワードを訪問しました。ブラック兄弟が自分のクラスへ行こうとしていると,ホールの方から監督会の一員がブラック兄弟の末の息子と一緒にこちらへやって来るのに気づきました。息子は泣いていました。「お父さん,クラスへ行っていすに座ろうとしたら,男の子がそのいすを取って,『ここに座ったらだめだよ。君はぼくたちのクラスじゃないだろ』と言ったの。そして別の子が『どうでもいいけど君は何でここにいるの』と言うと,みんなでぼくを笑ったの。お父さん,ぼく,プライマリーに行きたくない。」
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かわいそうな少年——
「わたしたちには着て行く服もありませんでした。わたしは1足教会用の靴を持っていましたが,上等のものではありませんでした。底に穴が開いていたので,厚紙を切り抜いては……中に敷いていました。……わたしはこのようにして,だれにも靴の底を見せずに教会へ行っていました。けれど,とうとう靴が履けないほどぼろぼろになってしまったのです。どうすればよいのか分かりませんでした。……そして,近所の人からもらった靴が入っている小箱の所へ行って,全部履いてみました。けれど,わたしに合うのはたった1足だけで,……それも看護婦の靴でした。『どうしてぼくにこんな靴が履けるだろう。教会中のみんなに笑われる。』わたしはそう思いました。そしてこんな靴を履いて行くくらいなら教会へは行くまいと決めたのです。
夜になり,安息日の朝が来ました。……教会へ行かなければならないことは自分がいちばんよく知っています。……そのとき,一つの考えが浮かびました。『早く教会に行って,みんなが来る前にいちばん前に座ればいいのです。足をいすの下に入れておけばだれにも見られない。そして,みんなが礼拝堂を出るまで待ってい〔よう〕……』と考えたのです。わたしはそれを実行することにして,30分早く家を出て教会へ走って行きました。思ったとおりだれもいませんでした。腰かけの下に足を入れて座っていると,間もなく,みんなが入って来ました。すると突然,このように言う声が聞こえたのです。『それではこれから各クラスに分級してください。』わたしは分級のことをすっかり忘れていたのです。……わたしだけが,そこに座ったままでした。体が動きません。……わたしがそこを動かないかぎり集会が始まらないように見えたので,ようやく席を立ちました。そしてクラスの人たちの後について1階に下りて行きました。
その日,わたしはそれまでに体験したことのない大切な教訓を得ました。1階に行くと,先生は大きな半円にわたしたちを座らせました。わたしの靴だけが何と大きく感じられたことでしょう。穴があったら入りたい思いでした。わたしはじっと周りを見ました。けれど,8歳から9歳の子供がいるそのクラスで,一人として笑っている人はいませんでした。……靴を指さしたりする子はいませんでした。先生もそうでした。……だれか,わたしの方を見ている者はいないかとずっと見ていたのです。……もちろんみんなは,わたしがどうしても履いて行かなければならなかったその看護婦の靴に気がついていました。しかし,あえてそれを笑わないでいてくれたのです。」(ボーン・J・フェザーストーン,“Acres of Diamonds” Speeches of the Year,「ダイヤモンドの山」『1974年,年度講話』351-352)
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これら二つのクラスの愛の輪はどのように違いますか。
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あなたはどちらのクラスへ行きたいと思いますか。それはなぜですか。
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わたしたちのクラスをボーン・J・フェザーストーン長老が子供のときに出席していたようなクラスにするためにあなたはどのような助けができますか。
子供たちがだれかの愛の輪に入ったときの経験やだれかを愛の輪に入れてあげた経験を話させる。
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アブラハムがほかの人々に対して抱いていた愛を説明するために,黒板か模造紙に大きな円を書く。円の中にアブラハムと書く。あなたが聖典から物語を話す途中で,アブラハムが愛の輪に入れた人々の名前(牧者,ロトとロトの家族,ソドムとゴモラの町の人々)を加えていく。
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長いひも,コードまたはロープで床に大きな円を作る。一人の子供を選んで,円の中央に立たせる。この円を「愛の輪」と呼ぶ。クラスの愛の輪に入ってもらいたい人々を書いた小さなカードを子供たちに配る。(「新しく引っ越してきた子供」「近所のお年寄り」「訪問者」「乱暴な子供」「
親戚 の中で一人暮らしの人」「恥ずかしがり屋の子供」「問題を起こす子供」など。)輪の中の子供に輪の外にいる子供たちの中から一人を選ばせ,その子供を輪の中に入らせる方法を考えさせる。例えば,「親戚の中で一人暮らしの人」を選んで,家庭の夕べに招待する。選ばれた子供が輪の中に入って,ほかの子供を選び,その子供を愛の輪の中へ迎え入れるために何ができるかを発表する。
子供たち一人一人の愛の輪は,人々に愛と思いやりを示す度に大きくなることを指摘する。これを示すために,最初に中心の子供の周りに小さな輪を作り,子供たちが加わる度に大きくしていくとよい。
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子供たちに紙を1枚ずつ配る。円を書いてから,円の外側に「わたしの愛の輪」と書かせる。各自の輪から閉め出されている人を輪の中に入れて,輪を大きくするようチャレンジする。
家族と愛の輪について話し合い,まだ愛を示していない人について考えるように勧める。そしてその人の名前を輪の外側に書く。アブラハムがロトに対してしたように,その人がどのような行動を取っているかにかかわりなく愛をもって接して,次の週にその人の名前を輪の中に入れることができるように,子供たちにチャレンジする。(この活動を実施する場合は翌週子供たちが目標を達成したかどうかを確認する。)
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神がすべての神の子を大切にしておられることを強調するために聖句を唱和形式で読む。最初に教師が創世18:23-24を読む。子供たちは自分の『聖書』を開いて黙読する。次に子供たちが全員で創世18:26を朗読する。
このように,教師がアブラハムの質問を読んで,子供たちが主の答えを読み,創世18章を最後まで読む。
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「友達」(『子供の歌集』78)(子供たちに身振りをさせてもよい),「共に愛し合え」(『子供の歌集』74)または「イエス様のように」(『子供の歌集』40)を歌うか,歌詞を読む。
まとめ
一人の子供に閉会の祈りをさせる。