初等協会テキストと分かち合いの時間
第38課 教会を導くブリガム・ヤング


38

教会を導くブリガム・ヤング

目的

生ける預言者は神によって召されることを子供たちに理解させる。

準備

  1. 本課の歴史記事,教義と聖約107:23,33,35112:21,30-32124:127-128を祈りの気持ちで研究する。それからレッスンを検討し,聖文と歴史記事を子供たちにどう教えるか決める(本書「レッスンの準備」ⅵ-ⅶ,「聖文と歴史記事に基づいて教える」ⅶ-ⅷ参照)。

  2. その他の参照箇所-教義と聖約124:108-110

  3. 子供たちを参加させ,レッスンの目的を達成するのに最も役立つ「話し合いのための質問」と「レッスンを豊かにする活動」を選ぶ。

  4. 以下のような職業をそれぞれ別の紙に書く。

    医者

    学校の先生

    警官

    消防士

    切符の改札係

    上記の職業名を書いた紙を少なくとも生徒一人につき1枚行きわたるよう用意し,紙袋か容器の中へ入れておく。次に,それぞれの職業の人々が持っている主な機能を説明する文章を別の紙に書く。これらの紙は別のバッグか容器の中に入れておく。

    どういう薬を調合するかの指示を与える権能

    通信簿の成績を決める権能

    犯罪をやめさせる権能

    消防器具を使用する権能

    映画,コンサート,スポーツの試合に入場させる権能

  5. 教材

    1. 教義と聖約(人数分)

    2. 視覚資料5-41「1846年2月から5月までのノーブー脱出」(『福音の視覚資料セット』410);「生ける預言者の絵」(教会付属図書館または教会機関誌から)

レッスン

一人の子供に開会の祈りをさせる。

導入

一人の子供に「職業」の容器から,別の子供に「権能」の容器から,それぞれ紙を一枚取らせる(職業と権能を一致させようとする必要はない)。そしてそれぞれの紙に書いてある言葉を読ませる。2枚の言葉を組み合わせて出来上がった状況について話し合う。例えば,学校の先生が薬を調合する指示を与える,切符の改札係が通信簿の成績を決める,など。子供たちに順に紙をとって,すべての紙を読み上げるまで続ける。そして,子供たちに職業と権能を一致させるように言う。

  • 何かの仕事をする人は,その仕事の正しい権能を持っていることがなぜ大切ですか。

本課では,ジョセフ・スミスが亡くなった後,聖徒たちは教会を導く権能を持つ人をどのように知ったかを学ぶことを子供たちに伝える。

聖文と歴史記事

以下の歴史記事と準備の項に挙げられている聖文の説明に従って,ブリガム・ヤングが教会の指導者になったこと,また聖徒たちを率いてノーブーから脱出させたことについて教える。適当な箇所で視覚資料「ノーブーからの脱出」を用いる。

教会の指導者となったブリガム・ヤング

ジョセフ・スミスが殺された後,ノーブーの聖徒は非常に悲しみ,また悩んだ。預言者と祝福師(ハイラム・スミス)が亡くなり,十二使徒定員会のほとんどの会員は伝道に出ていた。ジョセフ・スミスは1844年6月に使徒たちに手紙を書いてノーブーへ戻るよう要請していたが,使徒たちが手紙を受け取った時にはすでに預言者は殺されていた。使徒たちは預言者の死を知らされると直ちに全員がノーブーへ戻った。ノーブー市議会は市民に対して,使徒たちが戻ってさらに指示を与えるまで,「義を行い,平和で静かな民でいるように」指示した(History of the Church第7巻,152)。市議会議員であり,また教会の編集者,預言者の筆記者でもあったウィリアム・W・フェルプスは市民の動きを抑えていた。

大管長会においてジョセフ・スミスの第一副管長であったシドニー・リグドンは教会に対して不満を抱き,主の意向にさからってペンシルベニアへ移っていた(教義と聖約124:108-110参照)。しかしながらシドニーは預言者の死を耳にすると,ノーブーに戻ってきた。彼は大管長会にいたため,次に教会の指導者になるのは自分だと考えていた。使徒たちの全員がノーブーへ戻る前に,シドニーは自分が教会を導かなければならないことについて一部の人々を説得することに成功していた。十二使徒定員会は全員がノーブーに戻ると,シドニー・リグドンに会って話をした。シドニーは自分が教会の指導者になる理由を彼らに説明した。当時十二使徒定員会会長だったブリガム・ヤングは次のように述べて,主が彼らに何をお望みかを知りたいと言った。

「だれが教会を導こうとわたしはかまいませんが,……その前に一つだけ知っておかなければならないことがあります。それは神がこの件について何とおっしゃるかです。わたしは本件に関して神の御心みこころを知るかぎと手段を持っています。 ……

ジョセフは亡くなる前に,自分が持っていた使徒職に属するすべての鍵と力をわたしたちの頭に授けました。この世においても次の世においてもジョセフと十二使徒の間に割って入ることのできる人はいませんし,そのような組織もありません。」(History of the Church第7巻,230)

1844年8月8日に開かれた教会の集会において,シドニー・リグドンはなぜ自分が教会の指導者になるべきかについて1時間半にわたってとうとうと話をした。続いてブリガム・ヤングが短い話をした。彼が話している間に奇跡が起こった。ブリガム・ヤングは聴衆を前にして,突然ジョセフ・スミスのような顔立ちと声に変わったのである。この場に居合わせたジーナ・ハンティントンは次のように述べている。「ヤング会長が話していましたが,その声はジョセフ・スミスでした。ブリガム・ヤングの声ではありませんでした。ヤング会長そのものが変えられていました。……わたしは目を閉じました。わたしはジョセフ・スミスの声をよく知っていたので,思わず叫び声をあげるところでした。なぜなら彼は次の世へ行ってしまったことをわたしはよく知っていたからです。」ジョージ・Q・キャノンはこのように述べた。「ジョセフの声そのものでした。ジョセフ・スミス自身が前に立っているように人々の目に映ったことでしょう。」ウィルフォード・ウッドラフは,「もし,わたしが自分の目で彼を見ていなかったら,話していたのはジョセフ・スミスではないと言ってわたしを納得させることができた人はいないでしょう。」(『時満ちる時代の教会歴史』291-292で引用)

ノーブー郊外でジョセフ・スミスの農場を運営し,預言者としばしば顔を合わせていたコルネリウスとパーメリア・ロットは子供たちを連れてその集会に出席していた。ブリガム・ヤングが説教壇に立ったとき,11歳の娘のアルジーナ・ロットは彼をジョセフ・スミスだと思い,母のパーメリアを振り返って言った。「ママ,ジョセフ・スミスは亡くなったんじゃなかったの。」「そうよ,アルジーナ。天のお父様はこのような方法でわたしたちの次の指導者と預言者にだれがなるのかを教えて下さっているのよ。」(Descendants of Cornelius Peter Lott10-11で引用)

その日の午後,教会員は別の集会を開いた。ブリガム・ヤングはその会で次のように述べた。「もし皆さんがリグドン副管長を指導者として選ぶのであれば,そうすればよいでしょう。しかし,皆さんに申し上げます。十二使徒定員会は全地における神の王国の鍵を持っているのです。」(History of the Church第7巻,233)これらの鍵すなわち神権の権能を行使する権利は,ジョセフ・スミスが亡くなる前に十二使徒定員会の一人一人に授けたものである。教会員は全会一致で十二使徒を自分たちの指導者として支持した。

シドニー・リグドンは自分よりも十二使徒の方が大きな権能をもっていることを認めようとせず,引き続き教会の指導者としての地位を得ようと画策したが,1844年9月に破門された。シドニー・リグドンは自分の教会を組織したが,数年間で破綻した。

聖徒たちはブリガム・ヤングの変貌の奇跡によって,預言者の死後,教会を導く力と権能は十二使徒定員会に与えられていることを知った。3年半後に,十二使徒定員会の先任使徒であり会長であるブリガム・ヤングは大管長として任命された。今日こんにち,預言者が亡くなると,十二使徒定員会が教会を導く。そして先任使徒(最も長く使徒職にある人)が新しい大管長として任命される。

西部への移動に備える聖徒たち

ジョセフ・スミスは1842年に聖徒たちに向かってこのように述べた。「あなたがたの中の一部の人々は生きながらえて,ロッキー山脈のただ中へ行き,定住地を築き,聖徒が力強い民となるのを目にするでしょう。」(History of the Church第5巻,85)聖徒は1844年の春に西部へ移動するための準備を始めた。十二使徒は教会の管理役員としての支持を受けると直ちにこの計画の具体化に向けて動き始めた。十二使徒は当初,1846年4月に聖徒たちを出発させることを計画していた。そのころにはノーブー神殿が完成し,会員たちが出発する前にエンダウメントと結び固めを行うことができると考えたからである。しかしながら,ブリガム・ヤングほか8人の使徒が硬貨を偽造した罪の濡れ衣を着せられ,また一部の聖徒は連邦の軍隊が聖徒の西部への移動を認めず,皆殺しにするという偽りのうわさを耳にしていた。これらが重なって,聖徒たちは一刻も早くイリノイを去りたいと考えるようになった。

最初のグループがノーブーを発ったのは1846年2月の初旬だった。使徒たちは2月の中旬に出発した。教会指導者は冬の終わりと春にほかのグループを出発させる計画だったが,多くの聖徒は,使徒たちが去った後もノーブーに残ることを嫌って予定よりも早く,よく準備できていないまま出発してしまった。

最初のグループに加わらなかった教会員は,西部への移動に必要な物を買うために,持っていた財産をノーブーで売ろうとしていた。周辺の地域からやってきた人々は非常に安い値段で資産を買いたたいていた。ある女性は20エーカー(約8万平方メートル,2万4,500坪)の土地付きの家を10ドルなら買うと言われた。彼女はとても安すぎると考えたが,買い手は彼女が売りたがっているのを知っていたため,それ以上は払おうとしなかった。多くの聖徒は土地や家具を馬,荷車,家畜に換えた。家畜を買うために,ノーブーから160キロも離れた地方へ行った人もいる。

ノーブーのすべての家は荷車を作る作業場になった。最初のグループでは,5人家族が出発するために頑丈な荷車を1台,荷役用の牛を2頭か3頭,小麦粉を450キロ,男性一人につきマスケット銃またはライフル銃を一丁,塩11キロ,石けん9キロ,釣り針と釣り糸を4組か5組が必要だった。5人以上の家族ではさらに多くの物資が必要とされた。

最初に出発した開拓者グループはソルトレーク盆地までの旅路の前半で非常な苦労をした。アイオワ州を横断するための約500キロを進むのに131日を要した。1年後に出発したグループはアイオワからグレートソルトレーク盆地までの全行程1,700キロをわずか111日で踏破している。

ノーブーの戦いとうずらの奇跡

一部の教会員は夏が過ぎてもまだノーブーにいた。作物を収穫し,財産を売却したかった人々や,東部から着いたばかりで開拓者隊の出発に間に合わなかった移住者であった。これらの移住者のほとんどはノーブーまで到着するのにほとんどのお金を使い果たしていた。

1846年9月,約800名のモルモン敵対者は6門の大砲を手にして,ノーブーに残っていた人々を攻撃し始めた。数日間にわたる戦闘の末,モルモン敵対者は聖徒たちを力ずくでノーブーから追放した。5人の男性とその家族だけは教会員の財産を売却するために残るのを許された。そのほかの人々は衣類も物資も持たずに一斉に放り出された。ほとんどの人はミシシッピ川を渡って,アイオワ側で野営した。多くは貧しかったために移動するための物資を買うことができなかった。病気で動けない人々もいた。雨露をしのぐための毛布か木の枝を手にし,食べ物はとうもろこししか手に持っていない人がほとんどだった。

ある日のこと,奇跡が起きた。数千羽のうずらと呼ばれる小さな鳥が野営地に飛んできた。うずらは至る所にいた。飢えや病気で弱っている人でさえも容易にうずらを捕らえることができた。こうして飢えた聖徒たちはおいしいうずらの肉を口にすることができたのである。

ブリガム・ヤングはこれらの野営地にいる人々のことを知ったとき,救援隊に荷車と物資を持たせて,冬の間をアイオワで過ごすために全域に散らばっていた野営地に彼らを移した。

話し合いと応用のための質問

レッスンの準備に当たって,以下の質問と参照聖句を研究する。子供たちが聖文を理解し,生活に応用するうえで最も役立つと思われる質問を,採り上げる。教室で子供たちと一緒に聖句を読んで話し合えば,聖文に対する子供たち一人一人の理解力を深めるのに役立つ。

  • ジョセフ・スミスが亡くなった後,教会を導く神権の鍵と権能を持っていた人はだれですか(教義と聖約112:30-32124:128)。今日こんにち,教会の大管長が亡くなった後,鍵を持つのはだれでしょうか。現在の預言者が亡くなると,だれが新しい大管長になるでしょうか(十二使徒定員会の先任会員)。シドニー・リグドンが望んだように,人は自分で自分を教会の指導者にすることができないのはなぜでしょうか。

  • ジョセフ・スミスが殉教した後,主はどのようにしてノーブーの人々に教会を導く人をお知らせになったでしょうか。現在の預言者の絵を見せる。あなたは現在の預言者が主によって選ばれたことをどのようにして知ることができますか。主はだれが次の預言者になるかを御存じだということを知ると,あなたはどのような気持ちがしますか。

  • 使徒にはどのような責任があるでしょうか(教義と聖約107:23,33,35112:21124:128)。今日こんにちの使徒はこれらの責任をどのように果たしているでしょうか。

  • 聖徒たちはなぜノーブーを離れなければならなかったのでしょうか。聖徒たちは西部に旅立つとき,何を持って行きましたか。今日きょう,もしあなたが同じような旅をするとしたら,何を持って行きたいと思いますか。多くの聖徒は土地や財産を非常に安く売るか,そのまま捨てて行かなければならなかったことを子供たちに思い起こさせる。彼らはノーブーを出るときに多くの物を持って出ることができなかった。聖徒たちは西部へ行くためにこのような犠牲を払うことについてどのように感じていたと思いますか。あなたは福音と教会のために何を喜んで犠牲にしますか。

  • 川の近くに野営していた聖徒はうずらからどのような助けを受けましたか。なぜうずらを捕まえるのが簡単だったのでしょうか。あなたが助けを必要としているときに,天父はどのように助けてくださいましたか。

レッスンを豊かにする活動

以下の活動を,レッスンのどの部分でも,また幾つでも使うことができる。復習やまとめ,チャレンジに利用してもよい。

  1. 現在の大管長会と十二使徒の写真を準備する(教会機関誌または教会付属図書館から)。子供たちに彼らの名前と,一人一人について知っていることを発表させる。例えば,出身地はどこか,子供は何人いるか,使徒になる前の職業は何だったか,など。

    先任使徒(大管長に次いで,最も長く使徒職にある人)がだれかを指摘する。この人が現在の十二使徒定員会の会長であることを説明する。十二使徒定員会会長は,現在の預言者が亡くなると,次の大管長になる。この使徒が前回の総大会で行った話から一部を紹介し,その勧告を実行する方法について子供たちに考えさせる(先任使徒は大管長会の副管長を務めている場合もあるので注意する。この場合は,ほかの使徒が定員会会長代理を務めるが,彼は依然として十二使徒定員会の会長である)。

  2. 子供たちに紙と鉛筆を配る。子供たちが家を離れて,荷車か手車で長い距離を旅行しなければならない場合に,持って行く物を書き出させる。書き終わったら,子供たちに,リストを読み上げ,選んだ品物について話し合わせる。

    子供たちに荷車または手車の大きさを教える(長さ約150センチ,幅約110センチ)。床の上にテープか糸で囲って大きさを示すとよい。子供たちにもう一度リストを見て,どの品物が荷車に入るか,どれをおいて行かなければならないかを考えさせる。

    このリストを家族に見せ,話し合うように勧める。

  3. 子供たちを円になって座らせ,以下の記憶ゲームをする。

    一人の子供に「わたしはこれからロッキー山脈へ行くので,を持って行きます」と,空白部分に持って行く物の名前を入れて言わせる。次に別の子供は持って行く物の名前以外は,前の子供と全く同じ言葉を使う。

  4. 子供たちに信仰箇条第5条を暗記させるか,復唱させる。

  5. 「たたえよ,主の召したまいし」(『賛美歌』16番)または「感謝を神に捧げん」(『賛美歌』11番)を歌うか,歌詞を読む。

まとめ

あかし

ブリガム・ヤングはジョセフ・スミスの死後,教会を導くよう主から選ばれたこと,現在の預言者は今日こんにちの教会を導くように主から選ばれていることを証する。救い主が,常に適任者が預言者に選ばれるように教会を組織されたことについてあなたの感謝の気持ちを述べる。十二使徒と,イエス・キリストの特別の証人としての十二使徒の責任についてあなたがどれほど感謝しているかを述べる。使徒と個人的に話したこと,あるいは大会で使徒の話を聞いたことなどの経験を分かち合うとよい。

読書課題

本課の復習のため,家庭で教義と聖約112:30-32を研究するよう,子供たちに提案する。

家族との分かち合いの提案

子供たちが,物語,質問,活動,家庭学習の提案などのレッスンの一部を家族と分かち合うように励ます。読書課題を家族で一緒に読んでもいい。

一人の子供に閉会の祈りをさせる。