「教義と聖約の歴史的リソース:ジョン・コリル」『教義と聖約の歴史的リソース』(2025年)
「ジョン・コリル」『教義と聖約の歴史的リソース』(2025年)
ジョン・コリル
(1794-1842年)
ジョン・コリルはマサチューセッツ州ウースター郡で生まれました。1830年ころ,マーガレット・リンディフと結婚しました。オハイオ州カートランドでバプテスマを受けて末日聖徒イエス・キリスト教会の会員となり,1831年1月に長老に聖任されました。コリルは1831年に,伝道に出るよう啓示によって召されました(教義と聖約50:38;52:7)。オハイオ州ニューロンドンで奉仕した後,大祭司に聖任され,エドワード・パートリッジビショップの第二顧問に任命され,1837年までその召しを務めました。その後1831年にミズーリ州ジャクソン郡に移り,そこで1833年まで教会員のグループを管理しました。1833年11月,聖徒たちとともにジャクソン郡を追われ,ミズーリ州クレイ郡に移りました。1834年から1836年までカートランドに住み,神殿の建設を手伝いました。それからミズーリに戻り,ファーウェストの設立を助け,そこで「主の倉の管理人」に任命されました。
コリルは1838年4月に教会歴史家に任命されました。その年の11月,ミズーリでの紛争に関連して反逆罪で裁判にかけられたとき,彼はジョセフ・スミスに対して証言しました。翌年,イリノイ州に住んでいたとき,コリルは破門されました。1839年,A Brief History of the Church of Christ of Latter Day Saints, (Commonly Called Mormons)〔末日聖徒キリスト教会(通称モルモン)の略史〕を出版しました。
教義と聖約の中の参照聖句