教会歴史
教義と聖約の歴史的リソース:ロバート・B・トンプソン


「教義と聖約の歴史的リソース:ロバート・B・トンプソン」『教義と聖約の歴史的リソース』(2025年)

「ロバート・B・トンプソン」『教義と聖約の歴史的リソース』(2025年)

ロバート・B・トンプソン

(1811-1841年)

ロバート・B・トンプソンは,イングランド,グレート・ドリフィールドで生まれました。1834年,アッパーカナダに移りました。1836年,パーリー・P・プラットによりバプテスマを受けて末日聖徒イエス・キリスト教会に加わり,ジョン・テーラーにより長老に聖任されました。翌年,トンプソンはオハイオ州カートランドに移り,そこでマーシー・フィールディングと結婚しました。1837-1838年,アッパーカナダで伝道し,その後ハイラム・スミス,メアリ・フィールディング・スミス一家とともにミズーリ州ファーウェストに移りました。トンプソンは1838年10月,ミズーリ州レイ郡近くのクルックト川で起こった小さな衝突で戦いました。聖徒がミズーリ州から追放されると,トンプソンはイリノイ州クインシー移りました。そこにいたときに,トンプソンは教会に不利な記述のある報告書や出版物を集める役割を与えられました。1839年5月,七十人に聖任されました。同年,後にノーブーと名づけられることになる,イリノイ州コマースに移りました。ノーブーで,トンプソンはジョセフ・スミスの筆記者や教会の書記として,また,ドン・カルロス・スミスとともに,教会紙Times and Seasonsの共同編集者を務めました。1841年の啓示により,トンプソンはジョセフ・スミスが世界の指導者たちに向けて福音の宣言を書くのを補佐するよう任命されました(教義と聖約124:2-12)。トンプソンは,ノーブーで死去しました。

教義と聖約の中の参照聖句

教義と聖約124章