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第34章:教義と聖約88:70-141


「第34章:教義と聖約88:70-141」『教義と聖約 生徒用資料』

「第34章」『教義と聖約 生徒用資料』

第34章

教義と聖約88:70-141

紹介とタイムライン

1832年12月27日と28日に,預言者ジョセフ・スミスは,教義と聖約88:1-126に記録されている啓示を受けた。約1週間後の1833年1月3日に,預言者は,大会で大祭司たちがシオンを建設することについて主の御心を知るために祈った後に,教義と聖約88:127-137に記録されている啓示を口述した。預言者はこの啓示のことを「パラダイスの木から摘み取られた『オリーブの葉』」(教義と聖約88章,前書き)と呼んだ。恐らくこれは,ミズーリの一部の教会員がオハイオ州カートランドの教会指導者に対して抱いていた悪感情をなくす可能性がある平和のメッセージだったからであろう(教義と聖約84:76参照)。1835年版の教義と聖約出版前に,4つの節(教義と聖約88:138-141)が追加された。

このレッスンは,教義と聖約88章に記された啓示について学ぶ二つのレッスンのうちの2番目に当たる。主はこの章で述べられている啓示の一部で,お互いに教え合い,宣教師として奉仕する備えをするよう教会の長老たちに指示された。主はまた,再臨のしるしや,すべての人が復活するときの順序のあらまし,福千年の際にサタンとの最後の戦いに伴って起こる出来事についても明らかにされた。さらに,主はカートランドに神の家を建てるように命じられ,「預言者の塾」を組織するように長老たちに指示された(教義と聖約88:127)。この塾の参加者は,研究と信仰により,また互いに愛と友情を示し合うことによって一緒に学ばなければならなかった。

1832年6月-1833年1月ミズーリの教会指導者とオハイオの教会指導者との間で意見の相違が起こった。

1832年12月27-28日教義と聖約88:1-126が与えられた。

1833年1月3日 教義と聖約88:127-137が与えられた。

1833年1月5日啓示により,フレデリック・G・ウィリアムズがジェシー・ガウスに代わって大神権の大管長会における顧問に召された。

1833年1月11日ジョセフ・スミスは教義と聖約88:1-126と恐らく教義と聖約88:127-137を,「オリーブの葉」そして「平和のメッセージ」として,ミズーリにいるウィリアム・W・フェルプスに送った。

1833年1月23日オハイオ州カートランドで預言者の塾が始まった。

1835年9月1835年版の教義と聖約で教義と聖約88章が世に出された。その中には1832年12月と1833年1月に受けた啓示,また後に追加された4節の啓示が含まれた。

教義と聖約88:70-141:追加の歴史的背景

1832年12月27日から28日にわたって,預言者ジョセフ・スミスはオハイオ州カートランドのニューエル・K・ホイットニーの店の2階の部屋で,教義と聖約88:1-126に記録されている啓示を口述しました。1833年1月3日,預言者は教義と聖約88:127-137に記録されている別の啓示を受けました。1835年版の教義と聖約の出版を準備しているいずれかの時期に,教義と聖約88:138-141に記録されている4つの節が追加されました。

1832年12月27日から28日にわたって与えられたこの啓示の中で,長老たちが「神の王国に関するすべてのことにおいて」(教義と聖約88:78)教えを受けることができるように,聖徒たちは塾を組織することを指示されました(教義と聖約88:74,77-80,118,122参照)。1833年1月3日に与えられた啓示では,この塾のことを「預言者の塾」(教義と聖約88:127,136-137)と呼んでいます。この塾は旧約聖書時代の預言者の学校と同様のものであることを表しています。この塾の会員は「預言者のともがら」と呼ばれることもあり,サムエル,エリヤ,エリシャから教えを受けました(列王下2:3,54:386:1サムエル上10:10-1119:19-20;『聖句ガイド』「預言者の塾」の項も参照)。 さらに,聖徒たちは預言者の塾が開けるように「神の家を建て〔る〕」ように命じられました(教義と聖約88:119)。

1833年1月11日,預言者ジョセフ・スミスはこの啓示をミズーリ州インディペンデンスにいるウィリアム・W・フェルプスに送った手紙の中に同封して,次のように書きました。「このように,主はカートランドに神の家を建てて,預言者の塾を設けるようにお命じになりました。これは神の御言葉です。そして,わたしたちはこれに従わなければなりません。また主は従えるようにわたしたちを助けてくださいます。」(in The Joseph Smith Papers, Documents, Volume 2: July 1831–January 1833, ed. Matthew C. Godfrey and others [2013], 367; spelling, punctuation, and capitalization standardized)この手紙の中で,預言者はこの啓示のことを「オリーブの葉」または「平和のメッセージ」と呼んでいます(in The Joseph Smith Papers, Documents, Volume 2: July 1831–January 1833, 365; spelling and capitalization standardized)。

教義と聖約88章の追加の歴史的背景については本書33章を参照してください。 

〔地図2:初期の教会歴史における幾つかの重要な場所の画像〕

教義と聖約88:70-86

主は教会の長老たちにとどまって,自分の務めに備えるように命じられた

教義と聖約88:70-76。「聖会を召集しなさい」

古代,聖会はイスラエル人の間で礼拝の主要な一部であり,断食と主への祈りの時間でもありました(レビ23:36申命16:8ヨエル1:142:15-17参照)。主は回復された教会の会員にこの聖会を礼拝の重要な一部として続けるよう命じられました(教義と聖約124:39133:6参照)。教義と聖約88章に記録されている啓示の中で,聖徒たちは聖会を召集するために備えるように命じられました。この聖会で主は御自分の顔を現すという「大いなる最後の約束」(教義と聖約88:68-70,75参照)と,また以前にお与えになった「高い所から力」を授ける(教義と聖約38:32教義と聖約95:8-9も参照)という約束を果たすと述べておられます。主は自らを聖め,心と手足を清くして聖会に備えるように指示されました(教義と聖約88:68,74参照)。聖会は1833年ミズーリにて,また1833年から1837年までオハイオ州カートランドにおいて開かれました。それらの幾つかの聖会はカートランド神殿にて開かれました。(See “Solemn assembly,” in Glossary, josephsmithpapers.org/topic/solemn-assembly.)これらの集会の幾つかでは,あふれるような霊的な現れがありました。

〔復活されたキリストと弟子たちの画像〕

教会の長老たちは,聖会が召集されて「高い所から力を授けられる」まで,オハイオ州カートランドにとどまるように告げられた(教義と聖約38:32教義と聖約88:70参照)。古代,主の弟子たちは同様の力を授かるまでエルサレムにとどまるように命じられた(ルカ24:49使徒1:4参照)。

聖会は1836年3月27日にカートランド神殿が奉献された3日後に召集され,これによって「最後の王国における最初の働き人たちの聖会を召集しなさい」という命令を果たすことになりました(教義と聖約88:70教義と聖約88:11795:7108:4109:6, 10も参照)。1836年3月30日,預言者ジョセフ・スミスは約300人の教会指導者と会員がカートランド神殿に集まり,洗足の儀式と聖餐会に参加したと記録しています。預言者が指示を与え,教会の指導者たちは祝福を述べ,預言しました。ジョセフ・スミスは次のように記録しています。「わたしは夜9時ごろに」集会を後にしました。十二使徒定員会の会員は「朝の5時まで」集会を続け,その間,「熱心に求め,預言し,異言で語りました。救い主は幾人かにその御姿を現され,ほかの人たちは天使の導きを受けました。それは確かに五旬節でありエンダウメントであって,長く記憶にとどまるものです。」(in The Joseph Smith Papers, Journals, Volume 1: 1832–1839, 215–16; spelling, punctuation, and capitalization standardized

聖会は現代においても開かれていることについて,十二使徒定員会のデビッド・B・ヘイト長老(1906-2004年)は次のように説明しています。「聖会とは,その名が示すように,神聖,厳粛,かつ敬虔な機会であり,聖徒たちが大管長会の管理の下に集う会です。聖会は次の3つの目的で開かれます。神殿の奉献,神権指導者たちへの特別な指示,そして教会の新しい大管長の支持です。」(「聖会」『聖徒の道』1995年1月号,16参照)

教義と聖約88:70-76。「あなたがたはとどまりなさい。あなたがたは……とどまりなさい」

「あなたがたはこの場所にとどまりなさい」(教義と聖約88:70)という言葉は,主が古代の弟子たちに「エルサレムから離れないで,かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい」(使徒1:4)と命じられたことを思い起こさせます。弟子たちは聖霊を通して力を授かり,それによってエルサレムと全世界において主の証人となる資格を得ることになっていました(使徒1:8参照)。五旬節の日,「一同は聖霊に満たされ」,説得力をもって福音のメッセージを宣べ伝えたときに,この約束は成就しました(使徒2:4使徒2:1-6,41も参照)。

聖徒たちは以前から,「高い所から力を授けられる」ことを知っていました(教義と聖約38:32,38)。主の家で聖徒たちに授けられた力を通して,彼らは人々に福音を携えていくように備えられます(教義と聖約43:15-1695:8-9105:33109:22-23参照)。カートランド神殿の奉献式とそれに続く集会において,主は約束しておられた霊的な力の現れを豊かに注がれました。1836年4月3日,主イエス・キリストはカートランド神殿で預言者ジョセフ・スミスとオリバー・カウドリに御姿を現され,力が授けられたことと,「幾千幾万の人の心が,注がれる数々の祝福と,この家で僕たちに授けられるエンダウメントのゆえに,大いに喜ぶであろう」ことを確認されました(教義と聖約110:9)。

教義と聖約88:70-73。「わたしは,時が来ればわたしの業を速やかに行う」

主は教会の初期の指導者と宣教師たちに,回復された福音は主の業であって,「時が来れば〔御自分の〕業を速やかに行う」とはっきりと述べられました(教義と聖約88:73)。トーマス・S・モンソン大管長は,この約束がわたしたちの時代に伝道と神殿の業を通してどのように成就されているかについて次のように述べています。

「ステークの数が100に達したとき,回復された教会は設立から98年がたっていたことを御存じでしょうか。しかしその後30年もたたないうちに,教会はさらに100のステークを組織しました。そしてそのわずか8年後に,ステークの数は300以上になりました。今では3,000以上のステークがあります。

こうした加速度的な発展を遂げているのはなぜでしょうか。わたしたちのことがもっとよく知られるようになったからでしょうか。美しい集会所があるからでしょうか。

これらのことは重要ですが,今日教会が発展を遂げている理由は,主がそのようになると述べられたからです。教義と聖約の中で,主は次のように言っておられます。『見よ,わたしは,時が来ればわたしの業を速やかに行う。』〔教義と聖約88:73

わたしたちは天の御父の霊の子供として,この大いなる業を速めるために働けるよう,今の時代に地上に送られてきました。

わたしの知るかぎり,御自分の業は現世に限ったものであると主が述べられたことは一度もありません。むしろ, 主の業は永遠にわたっています。わたしは主が霊界で御自分の業を速めておられると信じています。」(「業を速める」『リアホナ』2014年6月号,4)

教義と聖約88:77-80。「熱心に教えなさい」

主は預言者ジョセフ・スミスとほかの教会の長老たちに塾を設立するように命じられました。そこで福音を宣べ伝え,神の子供たちをイエス・キリストの再臨に備えさせる「〔彼らの〕務めにおいて完全になる」ためでした(教義と聖約88:84教義と聖約88:80,127も参照)。主は「互いに王国の教義を教え合〔う〕」ように指示を与えると同時に,「天のこと,地のこと,……国内にあること,国外にあること」に関するそのほかすべての知識も教え合うように命じられました(教義と聖約88:77,79)。これらの指示は福音を宣べ伝える備えとして,霊的な真理もこの世的な真理も学ぶことの大切さを示しています。

大管長会のヘンリー・B・アイリング管長は,霊的な学びと俗世の学びの重要性について次のように強調しています。

「わたしたちの第一の優先事項は霊的な学びであるべきです……。つまり,歴史の本を読むより聖文を読むことを優先させるのです。外国語を暗記するより,祈りが先です。大学を首席で卒業するより,神殿推薦状を保持する方がもっと価値があります。しかし,霊的な学びを第一にするからといって,学業をおろそかにしてもよいことにはなりません。

主は確かに歴史の本や政治理論の内容を重視しておられます。主の次の御言葉を覚えていてください。主は,『かつてあったこと,現在あること,すぐにも必ず起こること,国内にあること,国外にあること,戦争と諸国民の混乱』についてもわたしたちが知識を得るように望んでおられます(教義と聖約88:79)。また,外国語のみならず,地理学や人口統計学も大切だと考えておられます。主の教育憲章では,『国々と王国に関する知識についても同様』(79節)に求められているのを覚えていることでしょう。主は疑問を持って科学を学ぶことも支持されています。しかし,霊的な学びを第一にするからといって,学業をおろそかにしてよいことにはなりません。むしろ逆に,霊的な学びは学業に目的を与え,より熱心に勉強する意欲をかき立ててくれます。」(“Education for Real Life,” Ensign, Oct. 2002, 17–18〔訳注—「本当の学びのための方法」『リアホナ』2014年9月号,51に一部引用あり〕)

〔インスティチュートのクラスの生徒たちの画像〕

聖徒は「互いに王国の教義を教え合〔う〕」ように命じられている(教義と聖約88:77-78参照)。

十二使徒定員会のダリン・H・オークス長老と妻である クリステン・M・オークス姉妹は,教会員にとってなぜ幅広い分野の教育を求めることが大切かについて次のように教えています。「わたしたちは生活のあらゆる面において,そして状況が許すかぎり深く,真理を探求すべきです。学識ある末日聖徒は今日の宗教,物理,社会,政治にかかわる大切な問題を理解しようと努めるべきです。天の律法や地上の事柄について知れば知るほど,周りの人にいっそう良い影響を及ぼすことができ,人を惑わし滅ぼそうとする低俗で邪悪な影響力から守られます。」(「学問と末日聖徒」『リアホナ』2009年4月号,26)

教義と聖約88:81。「警告を受けた人は皆,その隣人に警告しなければならない」

1831年11月,主は,「すべての民」は「わたし……〔の〕弟子たちの口を通して」福音の警告のメッセージを聞かなければならないと宣言されました(教義と聖約1:4)。イエス・キリストの福音は人々を救い主のもとに来るように招き,人々が罪を悔い改めて主の再臨に備えるように警告しています。主は聖徒たちが「穏やかに,かつ柔和に」この警告を隣人に与えなければならないと指示されました(教義と聖約38:41教義と聖約88:81も参照)。

エズラ・タフト・ベンソン大管長(1899-1994年)は,わたしたちの福音を分かち合う責任について次のように教えています。

「すべての会員は,この大切な〔伝道の業の〕責任を負っています。逃れることはできません。どこに住もうと,どのような社会で生活しようと,いかなる職業や役職に就こうと,それを理由にこの責任から逃れられるなどと,決して考えてはならないのです。

主の教会の会員であることは,この世で主が与えてくださった一つの賜物であり祝福です。主はこの祝福を,まだ受けていない人々と分かち合うように願っておられます。」(「福音を分かち合う責任」『聖徒の道』1985年7月号,7)

教義と聖約88:84-85。「忌まわしい荒廃」

イエス・キリストは十字架につけられる少し前に,エルサレムとその大いなる神殿は滅亡すると預言されました。これらの出来事を主は,「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者」と呼んでおられます(ジョセフ・スミス—マタイ1:12ダニエル11:3112:11も参照)。主はまた末日に,福音が「すべての民への証として,全世界に宣べ伝えられ……,……荒らす憎むべきものについて預言者ダニエルによって言われたことが,再び成就するであろう」と預言されました(ジョセフ・スミス—マタイ1:31-32)。主はこの預言を1832年に繰り返され,その場に集まった長老たちに「最後に異邦人の中に出て行き,……来るべき裁きの時に対して聖徒たちを備えさせ〔,〕……それによって,彼らが神の激しい怒り,すなわちこの世でも来るべき世でも悪人を待ち受けている忌まわしい荒廃を免れることができるため」に備えるように指示されました(教義と聖約88:84-85)。

本書の教義と聖約84:117の解説も参照してください。

教義と聖約88:87-116

主は再臨のときの出来事について明らかにしておられる

教義と聖約88:87-91。再臨のしるし

主は長老たちに「来るべき裁きの時に対して聖徒たちを備え」させるために,福音を宣べ伝える準備をするように命じられました(教義と聖約88:84教義と聖約24:1939:19-2143:28も参照)。差し迫った「裁きの時」とは,イエス・キリストの再臨の前とそのさなかに起こる出来事のことを含みます。主は御自分の僕たちの証の後に,地震,稲妻,暴風雨やほかの破壊的な力の証が地に住む人々に送られると宣言されました(教義と聖約88:88-90参照)。これらの聖句で言われている破壊は懸念すべきことですが,その目的は地球とそこに住む人々がイエス・キリストのもとに戻れるように備えることです。

〔雷雨の画像〕

末日に主の激しい怒りと憤りが「雷の声と,稲妻の声」として人々に及ぶ(教義と聖約88:88-90参照)。

ジョセフ・フィールディング・スミス大管長 (1876-1972年)は末日にそのような多くの厳しい裁きが悪の世に注がれる理由について次のように説明しています。「災難,苦難,惨禍,不況を人類に被らせることは主の御心ではありません。……しかし,人類が神の戒めを破り,義の道を歩もうとしないので,主はこのような災いが人類を襲うのを許されるのです。」(Doctrines of Salvation, comp. Bruce R. McConkie [1956], 3:27–28)

教義と聖約88:92-110。「また,天使たちが……飛び,……神のラッパを吹き鳴ら〔す〕」

それぞれ違う天使によって吹き鳴らされる7つのラッパは,イエス・キリストの再臨に伴って起きる重要な出来事を知らせます。これらの出来事の中には,「忌まわしい行いの母」が倒れること( 教義と聖約88:94,105参照),順番に死者が復活すること(教義と聖約88:95-102参照),「神の裁きの時が来た」という知らせ(教義と聖約88:103-104参照),神の業が終わったという宣言(教義と聖約88:106参照)が含まれます。7人の天使たちは一人ずつ,2回目のラッパを吹き鳴らして,アダムの堕落から福千年までの地球の千年ごとの出来事を明らかにします(教義と聖約88:108-110参照)。

教義と聖約88:93。「一つの大いなるしるしが天に現れ〔る〕」

教義と聖約88:93 では,「天に現れる大いなるしるし」がどんなものか明らかにされていませんが,「すべての人がともにそれを見る」と言われています。主はエルサレムで弟子たちにこう教えられました。「それらの〔終わりの〕日に艱難が〔あった〕……後,人の子のしるしが天に現れるであろう。そのとき,地のすべての民族は嘆き,そして力と大いなる栄光とをもって人の子が天の雲の中を来るのを見るであろう。」 (ジョセフ・スミス—マタイ1:36マタイ24:29-30も参照)

イエス・キリストの再臨に先立って起きるしるしについて, 預言者ジョセフ・スミス(1805-1844年)は次のように述べています。「それから天に人の子についての一つの大いなるしるしが現れます。しかし世の人々はどうするでしょうか。あれは惑星だ,彗星だ,などと言うでしょう。しかし,人の子の来臨のしるしとして示されたように,人の子は来られるでしょう。それはちょうど東から出て来る朝の光にたとえられるでしょう。」(『歴代大管長の教え—ジョセフ・スミス』252

預言者ジョセフ・スミスの話を述べた後,十二使徒定員会の ブルース・R・マッコンキー長老 (1915-1985年)は次のように教えています。「人は皆ともにそれを見るでしょう。それは朝の光のように全地に広がるでしょう。『ちょうど朝の光が東から出て,西に照り,全地を覆うように,人の子も来るからである。』〔ジョセフ・スミス—マタイ1:26〕確かにこれこそイザヤが語ったことです。『こうして主の栄光があらわれ,人は皆ともにこれを見る。これは主の口が語られたのである。』(イザヤ40:5)確かにこれこそわたしたちの啓示が語っていることです。『来るべき啓示に備えることである。そのとき,地を隠すわたしの幕屋にある神殿を覆っている幕は取り去られて,すべての肉なるものがともにわたしを見る。』(教義と聖約101:23)確かにこれこそゼカリヤが預言したあの日です。『あなたがたの神,主はこられる,もろもろの聖者と共にこられる。その日には,寒さも霜もない。そこには長い連続した日がある(主はこれを知られる)。これには昼もなく,夜もない。夕暮になっても,光があるからである。……主は全地の王となられる。』(ゼカリヤ14:5-9)」(The Millennial Messiah: The Second Coming of the Son of Man [1982], 419–20

教義と聖約88:96-102。天使たちは復活の順序を宣言するであろう

教義と聖約88:96-102に記録されているように,復活の順序は主の天使たちがラッパを吹き鳴らすことにより知らされます。イエス・キリストとイエス・キリストの贖罪を通して,死者の復活は可能になります(教義と聖約88:14,16参照。教義と聖約76:39も参照)。地上に住む人はすべて復活します。墓から出てくる順番は,キリストの律法に従順であった度合いによって決まります(教義と聖約88:21-24参照)。

義人は,第一の復活として知られている正しい者の復活のときに最初に出て来ます(教義と聖約76:64-65参照)。ジョセフ・フィールディング・スミス大管長は次のように教えています。「キリストが死からよみがえられたときに多くの義人の復活がありましたが,キリストの再臨のときに起こる義人の復活を第一の復活と呼ぶのが習わしです。それは わたしたちにとって最初,第一です。……主は,再臨のときに墓が開かれ,義人はよみがえって主とともに千年の間地を統治するであろうと約束されました。」(Doctrines of Salvation, 2:295

再臨の時に生きている義人は,「身を変えられて,主に会うために引き上げられ」ます(教義と聖約88:96)。日の栄えの王国を受け継ぐ人たちは最初に復活します(教義と聖約88:96-98参照)。日の栄えの王国を受け継ぐ人たちが復活した後,月の栄えの王国を受け継ぐ人たちが復活します(教義と聖約88:99参照。教義と聖約76:71-79も参照)。これらの人は生きている間にはイエス・キリストを受け入れなかったが,霊界で受け入れた人です(教義と聖約88:99参照)。福千年の後,「最後の復活」(教義と聖約76:85)すなわち正しくなかった人の復活が起こります。これらの人は星の栄えの王国を受け継ぐ人です。そして,最後に「なお汚れたままの」滅びの子たちが出てきます(教義と聖約88:100-102参照)。

教義と聖約88:107。「聖徒たちは小羊の栄光をもって満たされ,……小羊と等しい者とされる」

1832年2月に見た栄光の王国の示現に関して,預言者ジョセフ・スミスとシドニー・リグドンは,日の栄えの王国を受け継ぐ人は「御父からすべてのものをその手に与えられた者であ〔り〕」,「御父の完全と御父の栄光を受けた者であ〔る〕」と記録しています(教義と聖約76:55-56)。1832年9月に受けた神権に関する啓示の中で,救い主は,聖徒たちは「父が持っておられるすべて」を受け継ぐと約束されました(教義と聖約84:33-38参照)。教義と聖約88章の中で,主はこの栄光に満ちた同じ教義を再び強調され,次のように述べられました。「聖徒たちは〔神の〕栄光をもって満たされ,彼らの受け継ぎを得,小羊と等しい者とされる。」(教義と聖約88:107

預言者ジョセフ・スミスは次のように説明しています。「神の相続人となり,イエス・キリストと共同の相続人」となるとは,「同じ力と,同じ栄光と,同じ昇栄を受け継ぎ,ついには神の地位に達し,前に歩んだ人々と同じように,永遠の力の座に上るということです。」(『歴代大管長の教え—ジョセフ・スミス』222)さらにこう説明しています。「神はこのように御自分の子供たちの救いと昇栄において栄光を受け,昇栄しておられるのです。」(in Manuscript History of the Church, vol. E-1, page 1971, josephsmithpapers.org

教義と聖約88:111-116。「彼はしばしの間解放され〔る〕」

救い主が統治される義と平和の期間である福千年の終わりに,サタンは「しばしの間解放されて,自分の軍勢を集め」ます(教義と聖約88:111教義と聖約43:30-31も参照)。サタンと地獄の衆群がミカエル,すなわちアダムに率いられた天の衆群に対して戦いを挑みます。サタンとその使いたちは敗北し,永遠に投げ出されます(教義と聖約88:112-115参照)。詳細については,本書の教義と聖約29:22の解説を参照してください。

教義と聖約88:117-141

主は神権者に,人々の信仰を築き,信仰によって学問を求め,神の家を築き,預言者の塾を組織するように命じられた

教義と聖約88:117-118。「研究によって,また信仰によって学問を求めなさい」

「裁きの時」に先立つ出来事に聖徒たちを備えさせる助けとなるように(教義と聖約88:84),主は「互いに王国の教義を教え合わなければならない」(教義と聖約88:77),そして聖会を召集するように(教義と聖約88:70,117参照)と命じられました。主は長老たちに福音とほかの分野の学問両方の知識を求めるよう命じられました(教義と聖約88:78-80参照)。「研究によって,また信仰によって」学ぶべきであるとも主は言われました(教義と聖約88:118)。

信仰によって学ぶとは,「真理を知りたいと心から望み(モロナイ10:4-5参照),神が明らかにされた真理に進んで従って生活しようと」する( ヨハネ7:17参照)ことを意味します。「わたしたちの心からの望みは,祈りや(ヤコブの手紙1:5-62ニーファイ32:8-9参照),神の言葉を真剣に研究すること(2テモテ3:15-172ニーファイ32:3参照)を通して真理を求めるように導かれます。」(『マスター教義に関する基本文書』〔教会教育システム資料〕2参照)

十二使徒定員会のデビッド・ A・ベドナー長老は,信仰によって学ぶためにわたしたちに必要なことと,それよって受ける祝福について次のように説明しています。

「正しい原則に従って行動することによって選択の自由を働かせる学習者は,聖霊に心を開きます。そして聖霊からの教え,聖霊による証の力,そして聖霊による確認の証を受けることができます。信仰によって学ぶ望みを持つには,外からの影響を受けるだけでなく,霊的,精神的,肉体的な努力が必要です。信仰に鼓舞されて行動し,真心を込めて努力し続けるとき,わたしたちは聖霊から教えを受けて学びたいという意欲を天の御父とその御子イエス・キリストに示しているのです。……

わたしの言う学習とは,単に情報を認識または理解して記憶し,必要なときに思い出すこととは次元が違います。わたしの言う学習をした人は,生まれながらの人を捨て(モーサヤ 3:19参照),心に変化が生じ(モーサヤ5:2参照),主に帰依して,二度と道を踏み外さなくなります(アルマ23:6参照)。信仰によって学ぶ望みを持つには,「心と進んで行う精神」(教義と聖約64:34)の両方が必要です。信仰による学習は,まず聖霊によって神の言葉の力が心に伝えられ,さらに御言葉の力が心の中にまで入った結果できることです。教師が講義や論証や実験を行っただけでは,生徒が信仰によって学習できるようにはなりません。むしろ,自分で知識を得るために生徒自身が信仰を働かせ,主体的に学ばなければならないのです。」(「信仰によって学ぶ望みを持つ」『リアホナ』2007年9月号,20) 

教義と聖約88:119。聖徒たちは「神の家を建てなさい」と命じられた

「神の家」を建てるようにという聖徒への主の戒め(教義と聖約88:119)は,具体的には,神殿すなわちこの神権時代における最初の神殿を建てることを表しています(教義と聖約95:8,11参照)。主の神殿は礼拝の場所だけでなく,「学びの家」でもあります(教義と聖約88:119)。つまり宣教師が福音を宣べ伝えるために備えができる場所です。

〔「主の宮,聖きを主にささぐ」という神殿の石碑の画像〕

すべての神殿は「主の宮」と呼ばれ,その聖さを表している(教義と聖約88:119参照)。

祈り,断食,信仰,学び,栄光,および秩序の家,すなわち神の家を建てるようにという主の戒めは,神殿の建設だけにとどまりません。十二使徒定員会のゲーリー・E・スティーブンソン長老は,主が御自分の宮のために定められた標準をどのようにわたしたちの家に当てはめることができるかについて次のように教えています。「神殿と神殿に参入する人たちを神聖でふさわしく保つために,主は僕である預言者を通して標準を定められました。家庭を神聖に保ち,『主の宮』とするための標準を家族会議で一緒に考えるとよいでしょう。『祈りの家,断食の家,信仰の家,学びの家,栄光の家,秩序の家,神の家を建てなさい』という勧告は,主がわたしたちにどのような家庭を築くことを望んでおられるかを教えています〔教義と聖約88:119〕。これらを行うことは,この世の状況にかかわらずわたしたち皆が住むことになる『霊の住ま い』……を建てる第一歩です。」(「聖なる家庭,聖なる神殿」『リアホナ』2009年5月号,102)

教義と聖約88:121-126。主はわたしたちに御自分の勧告を受ける備えをさせる

教義と聖約88章の中の多くの指示は,預言者の塾に参加する人たちに向けたものでした。教義と聖約88:121-126 で教えられている原則は,教会の長老たちが霊的にまた精神的に神の宮で教えを受けるために備える助けとなりました。しかし,すべての末日聖徒はこれらの原則を自分たちに当てはめて,聖霊を招いて学ぶ助けとしたり,神殿の礼拝に備えることができます。七十人の L・ライオネル・ケンドリック長老は,神殿に参入する備えについて,次のように述べています。

「神殿に入るときにはこの世のものを外に残すべきです。主の御前に行くことを想像してください。主の聖なる御前にあって,わたしたちはどのような思いを持つでしょうか。どのような言葉を交わすでしょうか。そうしたビジョンを持てれば,主の御前に行く備えをし,世のものを外に残して主の神殿に入ることができるのです。……

神殿の敷地内に入ったらこの世の思いを外に残し,主の宮で奉仕する神聖な責任に思いを集中すべきです。……

救い主は神殿での会話について偉大な勧告を下さいました。『それゆえ,あなたがたのすべての軽々しい話,すべての高笑い,……すべての高慢と軽薄……をやめなさい。』(教義と聖約88:121

神殿の敷地内に入るときにこの世のものを外に残すように,この世的な話も外に残すべきです。仕事や娯楽,時事的なことを神殿内で話すべきではありません。

神殿では会話の内容のみならず話し方も重要です。神殿では常に,穏やかに静かな声で話さなければなりません。」(「神殿での経験を豊かなものとする」『リアホナ』2001年7月号,,96)

教義と聖約88:127-141。預言者の塾

1832年12月27日から28日にわたって受けた啓示の中で,主は聖徒たちに,「神の家」を建て,長老たちのために塾を設立するように命じられました(教義と聖約88:1-126参照)。1833年1月3日,主は預言者の塾の設立と運営について,さらに指示をお与えになりました(教義と聖約88:127-137参照)。

〔預言者の塾のために使用されたカートランドのニューエル・K・ホイットニーの店の部屋の画像〕

カートランド神殿が建てられるまで,預言者の塾は,ニューエル・K・ホイットニーの店の2階の部屋で開かれた。

神殿はまだ建てられていませんでしたが,オハイオ州カートランドにあったニューエル・K・ホイットニーの店の2階の部屋で開かれた2日間にわたる大会の一部として,1833年1月23日に預言者の塾が組織されました。その塾は神権に聖任された人たちに向けたものでしたが,1月22日の最初の大会には男性も女性も出席しました。この大会の間,「大いなる栄光に満ちた聖なる御霊による神聖な現れを受け,多くのことが異言で話され,祈られたのに加えて,神〔と〕小羊への賛美がありました。」(in The Joseph Smith Papers, Documents, Volume 2: July 1831–January 1833, 381)大会の2日目に,預言者ジョセフ・スミスは長老たちの手と顔と足を洗いました。この行いは「預言者の塾の設立における重大な変化をもたらす儀式」と考えられます(in The Joseph Smith Papers, Documents, Volume 2: July 1831–January 1833, 380)。

「学期や時間割が決められ,定まった場所で開かれていた従来の塾と違い,預言者の塾は断続的で,場所も変わりました。カートランドのような農業社会では,学校のような活動のためには冬場の方が多くの時間を取ることができました。最初の学期は約3か月続き,4月に終了しました。その後は『預言者の塾』『わたしの使徒たちの塾』『長老の塾』などと違った名前で呼ばれ,その夏はミズーリ州で,1834年の秋は再びカートランドで,1835年から1836年にかけての冬は教会の印刷所や未完成のカートランド神殿の屋根裏部屋で開かれました。」(Nathan Waite, “A School and an Endowment,” in Revelations in Context, ed. Matthew McBride and James Goldberg [2016], 175–76, or history.lds.org

教義と聖約88:138-141。「洗足の儀式」

預言者ジョセフ・スミスは,1833年1月23日に預言者の塾が組織されたときに,洗足の儀式を制定しました。その場にいた人がそれぞれ自分自身の手と足を洗うと,それからジョセフ・スミスは一人一人の足を洗いました。これは清めを象徴しています。そうすることによって,ジョセフ・スミスはイエス・キリストが示された模範に従ったのです(ヨハネ13:4-17参照)。この重要な儀式は預言者の塾のほかの集会や,カートランド神殿が建設された後,カートランド神殿で開かれた幾つかの集会でも繰り返されました。(See Waite, “A School and an Endowment,” in Revelations in Context, 177, or history.lds.org.)